×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




2

へらへらと胡散臭い笑みを張り付けながら紫音ちゃんに話しかけているあいつは、喧嘩の原因になったあいつだ。

…ちょうどいい。この際だ、はっきり白黒つけてやる!

拳を握りしめて、角から飛び出してやる、と気合いを入れたその時

「だぁからさぁ、言ったじゃん。ちょーっとお友達と仲良くしたくらいでダメとか言って怒る男ってだめだって!」
「…」
「だから、ね?…俺にしない?俺なら、なあんにもくだらない事で怒ったりしないよ…?ずっとさ、紫音ちゃんの事気になってたんだよね〜。俺の物にしたいなあって、さ…」

あいつが甘ったるい胸くそ悪い声を出して紫音ちゃんの腕を掴もうとした。

やっぱり狙ってやがったんだ、ふざけんな!

グッと足に力を入れて駆け出して、そいつの手を握りつぶしてやろうと思った。だけど、俺が体を乗り出した瞬間にそいつが触れる前に、紫音ちゃんがそいつののばした手を掴んだ。

しかもそれは、お友達の手を掴むなんて感じの優しいもんじゃない。明らかにさっきまでとは纏う空気が変わり、それは俺が初めて見たあの時の木村紫音のそれだった。

「し、しおんちゃ、」
「…お友達、じゃなかった?」
「え?」
「君、初めに言ったよね。『俺は友達に対して誰にでもこんな感じなんだから気にしないで』って。誰にでもそうなら、それが君のお友達との接し方ならと思って気にしなかったんだ。実際君は誰にでも同じように接していたし。だけど、」

ぎり、とそいつの腕を掴んでそいつを見つめる紫音ちゃんは冷酷そのもので。

「君がそのつもりで俺に接してきているなら、話は別だ。俺は先輩以外に興味はないし先輩だけが俺の唯一だ。悪いけど、そのつもりでの触れ合いならもうしないで」
「…!あ、そ、その、じょ、冗談じゃん。だから、ね、これからも仲良くしようよ、ね?」
「ごめんだけど、君とはもう二度といつものようにはしない」

見ているだけの俺でも背筋が凍りそうなくらいに静かに怒るその姿はいっそ怖いくらいに綺麗だった。

同時に、今紫音ちゃんが言ってくれた言葉に俺は胸が貫かれる思いだった。紫音ちゃんは、何があっても『大丈夫』としか言わなかった。俺はそれを、紫音ちゃんは無自覚に自分に向けられる好意がそんなはずないと勝手に思い込んで何でも許してるんだと思った。

だけど、違ったんだ。

確かに向けられる欲望に気付かないこともあるだろう。でも、それでも『大丈夫』と言ったのは、紫音ちゃんの心だ。
あの『大丈夫』は、『自分に対してそんな風に思う人がいるはずない』の『大丈夫』ではなく、

何があっても俺以外に揺らぐことはないって意味の大丈夫だったんだ。

今思い返せば、紫音ちゃんからあいつに気のあるそぶりなんかした訳じゃない。紫音ちゃんのあいつへの態度は周りにいる奴らへの態度と変わりなかった。

「紫音ちゃん」
「…!せ、先輩…!?」

張り詰める空気の中、静かに近づきそいつの手をつかむ紫音ちゃんの手を取ると二人は急に現れた俺を目を丸くして見つめた。
つかんだ手をそっと離させてやるとそのままぎゅっと握ってやる。とたんに、紫音ちゃんは眉を下げて泣きそうな顔をした。

「ってわけだからさ。もう二度と俺の大事な恋人にちょっかいかけないでくんないかな?次俺の前でいつもと同じようにしたら…容赦しねえぜ?」

にっこり笑ってそう言ってやるとそいつは顔を青くしてその場から走り去っていった。

「…先輩」
「…帰ろっか」

笑みを向けてそう言えば、紫音ちゃんはぽろりと切れ長の目から一つ涙をこぼした。

「ごめ、なさ…、せんぱい、ごめんな、さぃ…」
「紫音ちゃん」
「せ、先輩の言うこと、ちゃんと聞かなくてごめんなさい…怒らせちゃって、ごめ」
「紫音」

ぽろぽろと涙をこぼしながら何度も謝る紫音ちゃんの口をそっと塞いでやる。急にされたキスに驚いて一瞬体をびくりとさせたけど、背中をなでたり頭をなでたりしてやると徐々に強ばっていた体から力が抜けて紫音ちゃんは恐る恐る俺の服をきゅっとつかんだ。

「…ごめんね、紫音ちゃん」

こつん、とおでこを合わせてやれば、濡れた目で俺の顔色を窺うように見つめてくる。そんな顔してほしくなくて、何度も何度も愛しいって思いを込めながら顔や頭や背中を撫でてやると、紫音ちゃんは子猫の様に俺の手に顔を摺り寄せた。

「傷つけちゃってごめんね。紫音ちゃんの事…ちゃんと信じてあげられなくってごめんね」
「せん、ぱ…」
「でもさ、やっぱりヤキモチ妬いちゃうときもあるからさ。それくらいは許してね」
「…っ、せんぱい、先輩…!ごめんなさい…!」
「ん、これで仲直りね」

わあわあ泣きながら何度も首を縦に振る紫音ちゃんをぎゅっと抱きしめる。


紫音ちゃんは、無自覚だ。だけど、無自覚に誰でも誑し込むわけじゃない。誰にでも気のあるそぶりをして、気を持たせるような真似をするわけじゃない。確かに人の好意の違いに気付くことは遅いけど…いざという時にはあんな風に自分で全てをきちんと跳ね除けることができるんだ。

背中に回された手のぬくもりと確かさに、全てをゆだねてくれているんだという優越感。そうだよね。いくら他のやつに触れさせたって、紫音ちゃんが自分から触れるのは俺だけ。こんな風に甘えるのも俺だけ。

今度から、アイツみたいに下心ありで近寄ってくるやつらの前で、俺に自ら甘えてくる紫音ちゃんを見せつけてやろう。

泣き止まない紫音ちゃんを、あの時の様に軽く抱き上げてにっこり笑う。すぐに俺の首に腕を回してしがみついてくる紫音ちゃんにまた軽くキスをして歩き出し、そのまま寮の部屋に連れて帰って思う存分甘やかしてやった。


end

[ 122/122 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


top