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9

「ほんと、今日は参った…」
「先輩も忙しかった?お疲れ様。」

その夜、部屋に戻りぐたりと机に突っ伏した晴海に紫音がお茶を入れて渡す。

「紫音ちゃんこそ…疲れたでしょ?」
「う、うん。あんなにたくさんの女の人とお話したの、初めてだから…皆、俺の事褒めてくれたんだよ。」

えと、んと、と今日の海の家での一部始終をどう説明しようかもだもだとしていると、晴海が紫音の手をぐい、と引いてそのままごろんと後ろに寝転がった。

「せ、せんぱい?」

晴海の上に乗るような形でそのままぎゅっと抱きしめられ、紫音の胸がどくどくと高鳴る。
Tシャツを隔てていてもわかる晴海のたくましい胸板とその体温に紫音は自分の心臓が壊れるんじゃないかというほど早く脈打って恥ずかしくてその首筋に顔を埋めた。

「…かっこよかった。今日の紫音ちゃん、エロカッコよくて…すっげえやきもち妬いた。」
「え…」
「今日は大目に見たけど、もうだめ。あんなかっこで、店出ないで。俺、やきもち妬き過ぎて死んじゃうから。」

ぎゅう、と抱きしめられ、思いもよらない言葉を言われ真っ赤になる。晴海の胸の上に置いていた手をそっと後ろに回し、紫音はすり、と首筋に埋めた顔を晴海にすり寄せた。

「…おれ、俺も、やきもち妬いてたもん。…ここに来てからずっと、晴海先輩、お店でたくさんのかわいい女の子たちとお話して…俺だけ、中で…」
「紫音ちゃん」
「お、お仕事だから、やらないといけないのわかってる。でも、でも、あんまり、女の子と仲良くしちゃ、やだ…」

きゅう、と晴海のシャツを掴みぽつぽつと胸の内を告げる紫音に、晴海の胸が同じように、それ以上に高鳴る。首に埋めている紫音の顔を両手で挟んで、持ち上げて自分の顔へ向けるとそのかわいらしく真っ赤に染まった顔ににこりと微笑んで見せた。

「うん、約束する。もうあんまり仲良くしない。」
「…せんぱい…」
「好きだよ、紫音…」

そっと目を閉じて、唇に触れる…

「晴海さん!紫音さーん!」

瞬間に、飛び込んできたのは博だった。
突然開けられた扉に驚いた紫音は思い切り体を起こして晴海から距離を取る。

「あー!なんだよ!何いちゃいちゃしようとしてんだ!」
「うるせえな!てめえこそなんだ博、毎回邪魔しやがって!」
「だめー!晴海さんにはあげない!」

部屋に飛び込んできた博がずかずかと二人に近づき、晴海と紫音の二人の間に入って引き離そうとする。そしてそのままくるりと体を返してひしと紫音にしがみつくと、晴海に向かってべーっと舌を出した。

「あげないってなんだ!そして何してんだ!離れろ!」
「やだー!だって紫音さんの体めっちゃ好みなんだもん!晴海さん独り占めなんてずりい!」
「あたりまえだろうが!紫音ちゃんは俺の恋人なんだから!」
「恋人なんだったらいつも独占できんでしょ!ちょっとの間くらい譲れっての!」

博を引きはがそうと襟首をぐいぐい引っ張る晴海と、離れてたまるかと余計に引っ付いてくる博の攻防を見て紫音は何だか仲のいい兄弟げんかを見ているようでくすりと笑った。

「博君、何か用事があったんじゃないの?」
「あ、そうそう!花火!花火しようって呼びにきたんだ!ね、行こうよ!もう浜辺で克也さんと梨音さん待ってんだ!」

紫音にしがみついたまま顔を上げてにかっと笑うその子供相応の笑顔に紫音もつられて笑顔になる。

「わかった。すぐに行くから、先に行ってて。準備してから行くね。」

一緒に行きたかったのだろう博が口をとがらせて拗ねるが、紫音に頭を撫でられて渋々と離れる。

「わかった。すぐに来てね。…紫音さん」
「うん?…!」

ちょいちょい、と紫音を手招きして、紫音が屈んだすきに博はちゅ、と紫音の頬にキスをした。

「!てめえー!」
「べーっだ!紫音さん、早く来てね〜!」

晴海が拳を振り上げると同時にひらりと身をかわし、あっかんベーをしてからパタパタと駆けていく。晴海はくるりと紫音に向き直り、自分の手のひらで博の口づけた頬をごしごしと擦った。

「くっそ、あいつ、ほんとしゃれんなんねえ…!」


『消毒』と言って何度も何度も頬にキスをする晴海が何だかかわいくて紫音はくすくすと笑った。
紫音をぎゅうと抱きしめて肩に顔を埋める晴海を、紫音も抱きしめ返す。

「ほんとさ、紫音ちゃん…。頼むから危機感持ってくんない?紫音ちゃんが本気になったら、ほんと冗談じゃなくとんでもないことになるからさ…」

強面によく釣り合ったその体躯は、海という解放された空間でいかんなく魅力を発揮する。色恋になれた自分ならいざしらず、純粋な紫音が上手く寄ってくる輩をスルーできるだろうか。
もう、心配で心配でたまらないのだ。

「大丈夫だよ、先輩」

あー、とか、うー、とか意味の分からないことを呻きながら紫音の肩に顔を埋めて拘束をキツクする晴海の頭を、紫音が優しく撫でた。

「こんな俺を、好きって言ってくれるの、先輩だけだもん」
「だぁから、違うんだって…」
「違わないよ」

どうしてわかってくんないの、と泣きそうになって紫音を見ると紫音はにこにこと優しく微笑んでいた。

「他の誰に言われたって、先輩が言ってくれる『好き』が本物なんだよ。だって、俺の恋人は先輩だから。
他の人が言ってくれるのは、嬉しいよ。でもね、大好きな先輩からの言葉になんか敵わないよ。いつだって、先輩の言葉にだけここがぎゅってなるんだもん」

そう言って自分の胸を掴む紫音に、晴海は文字通り射抜かれた。

「…も、この、天然小悪魔…」
「先輩?どしたの、大丈夫?」

ぐてん、と頭を項垂れた晴海を心配そうにのぞき込む紫音を恨みがましくじとりと睨む。それに泣きそうな顔をした紫音の頬を両手で挟んで、晴海は思い切り口づけた。

「俺もだよ、紫音ちゃん。」

どんなかわいい子に声をかけられたって、紫音からもらえる言葉に敵うはずなんかない。晴海だって、自分の胸がこんなにも高鳴るのはいつだって紫音に対してだけなのだ。

「…さて、とりあえず花火に行こうか。」
「うん!」

ぎゅっと手を握って立ち上がって、二人で歩き出す。

明日は、半日休みをもらって紫音と二人で海で遊ぼう。
博の前で、紫音と思い切りいちゃついて見せてやろう。博だけじゃない。何なら海に来ているすべての奴らに見せつけてやる。

「…もっともっと、牽制かけとかなきゃね。」
「うん?」
「なんでもないよ。花火、楽しみだね。」

繋いだ手を握りしめて、浜辺へ向かう。

着いた先で紫音の争奪戦が、博と晴海により花火のように激しく火花を散らすのだった。


end

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