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「博君!」
「!」
部屋から飛び出し、すぐにまっすぐ続く廊下の端にある階段手前で博を見つけて駆け寄ると、博はごしごしと目を乱暴に擦って追いかけてきた紫音をきつく睨みつけた。
「なんだよ、お前!」
「博君…」
「晴海さん、晴海さんに、あんなこと…っ、お前、お前みたいなやつが何で!…っ、どうせ…っ」
晴海に冷たく突き放すように言われたことがショックだったのだろう。それだけ、博にとって晴海や克也は憧れのお兄ちゃんであったに違いない。そう思うと、紫音はいたたまれなくなって俯いた。
「ずるいよ!お前、お前はそんなに大きくて、体だって強そうなのに!顔だって、そんなに男らしいのに!お前なんか大っ嫌いだ!」
「博君!」
そう叫ぶと、博は一気に階段を駆け下りて民宿から飛び出して行ってしまった。紫音は一瞬、博が叫んだ言葉を理解するのに呆然としてしまい追いかけるのが遅れてしまった。
今、博君は何て言ったっけ?強そうなのに?男らしいのに?
もしかして、博が自分にずっと絡んでくるのには何か理由があるのかもしれない。
紫音は頭を一度振ると、駆け出した博を追って民宿を飛び出した。
民宿の前にはすぐに海に出れるようになっており、博が駆けだした方を考えるとどうやら博は砂浜へと向かったようだった。砂浜なら広いしすぐに見つかるだろうと紫音は駆け出し、着いたところできょろきょろと辺りを見渡す。すると考えた通り少し向こうに見慣れた後ろ姿があり、ほっとして近づくがそこで三人ほど見慣れない男たちが博を囲んでいることに気が付いた。
「だから悪かったって言ってんだろ!」
「何だぁ?その態度!ガキのくせに生意気だな」
「けっ、女みてぇな顔しやがってるくせに威勢だけは一丁前だな」
「うるせえ!顔のことは言うな!お前らみたいな不細工よりましだ!」
走っていた博は、前にいた三人にぶつかってしまったのだ。謝ったはいいものの、少し酒が入っているらしくその後博の手を掴んでなんだかんだといちゃもんをつけてきた。先ほどの事もあって、苛々していた博は思わずキツイ口調で生意気に言い返してしまった。それに余計に腹を立て、三人は博を解放するどころか寄ってたかって囲んで今にも殴りかかってきそうな雰囲気だった。
容姿の事を言われ、思わずかっとなって言い返したがそれがまずかったらしい。三人の男はお互い顔を見合わせ、二人が博を両側から押さえつけた。
「何するんだ!離せ!」
「生意気なガキにはお仕置きが必要だよなあ?」
「そうそう。俺ら不細工だから女に相手されねえんだよ。だからかわりに女みたいなぼくちゃんに相手してもらっちゃおうかな〜」
「!…っやめろ!」
ニヤニヤと笑いながら、するりと博のシャツの裾から手を入れる。
「お、すべすべして気持ちいい。意外にいけっかもよ」
「まじ?じゃあやっちまおうぜ」
「生意気な子供は、お尻ぺんぺんしちゃうよ〜!あ、パンパンの間違いか?」
「ぎゃははははは!」
下品な笑い声が頭上で響く中、必死に手を振りほどこうとするも全然払えずに博は悔しくて唇を噛む。
くそう!俺が…、俺がもっと力があったら…!男らしかったら…!
己の非力さにじわりと涙が浮かんだその時、
「いっ、いてててて!」
博のシャツに手を入れていた男の手が引き抜かれ、ぎりっと思い切りひねあげられた。
「な、なんだてめえ!…っ!」
「ひ…、な、なんだよ…」
何事かと顔を上げて、自分の目の前で男の手をひねるあげる人物を見て博は驚いた。
「その汚い手を離せ」
そこには、見た事も無いほどきつく目を吊り上げた紫音がいたからだ。
自分たちをはるかに超える男から睨み下ろされ、男たちは思わず怯む。だが、酒が入っていることもありすぐにへらへらといやらしい笑いを浮かべて紫音にも絡んできた。
「なに〜?お兄さん、正義の味方ですか〜?」
「俺たち、今からこの悪い子にお仕置きしようと思ってんだよ〜。だから邪魔しな…ぎゃあ!」
博を押さえる男が、調子に乗って博の髪を思い切り掴んで顔を上げた時に痛そうに顔を歪めた博を見て紫音がその男の手首をつかんだ。
「い、いて、いてて…!」
「離せ、と言ったんだ。」
冷たく見下ろし、低い声で一言だけ告げる。それを見た博を押さえていたもう一人の男は、慌てて博から手を離し一歩飛びのいた。手首を掴まれた男も、手をただ掴まれているだけだというのにまるで万力で絞められるような力に顔を青くしてこくこくと何度も頷く。掴まれている反対の手を博から離すと、紫音は同じく掴んでいた男の手を離した。
「大丈夫か?」
自分を唖然と見つめる博の肩を抱き、引き寄せて自分の後ろへ隠すと振り返って安否を問う。博も、男たち同様言葉を発することなくただ幾度も頷いた。
博が頷いたのを確認して、紫音はまた目の前の男たちに向き直る。すると、博の体をまさぐっていた男が一人舌打ちをして紫音を睨みつけてきた。
「な、なんだってんだてめえ。いきなり現れて、カッコつけやがって!ああ、そうか。てめえも俺たちと同じなんだろ?そいつを助けるふりしてあわよくばって魂胆なんじゃねえのか?なあ、邪魔しねえからさ、俺らもまぜ…っ、」
「だまれ」
その男が下世話なせりふを吐く途中に、紫音は男の顔面を大きな手でわしづかみ、そのまま持ち上げた。
大の男が、片手一つで顔を掴まれ持ち上げられる。
まるでドラマや映画でしか見たことのないようなその光景に、仲間の男たちは助けるどころか腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「はるかに年上なはずのお前らが、こんな子供をよってたかってどうするつもりだったんだ…。男のくせに、弱いものを守らないでどうする!二度と自分より小さなものを傷つけようとするな!」
ぎろりと睨む紫音に、へたり込んだ男たちはがくがく震えながら幾度も頷いた。自分の顔を掴む手の指の隙間から見て持ち上げられた男も必死になって首を縦に振ろうとする。
相手の戦意喪失を確認した紫音は、掴んでいた手をぱっと離すと男は砂浜にどさりと落ちて尻もちをついた。真っ青になって震えながら紫音を見て立ち上がり、へっぴり腰で逃げ出すその男に残りの男たちも必死になって一緒になって逃げて行った。
博は、自分の前に立つ大きな背中をただじっと見つめていた。
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