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5

「おい、ガキども。ちょっと付き合え」


ほんの少し日が傾き始めた頃、お茶会も終わりを迎え双子が母に連れ立って仲良く片付けにキッチンへ向かった時、紫堂が克也と晴海に声をかけ庭に連れ出した。

きちんと手入れされた庭には、白いテーブルとイス、それから二人が小さいときの物だろう子供用のすべり台にブランコなどが置かれてあった。

庭のテーブルにあるイスに腰掛け、紫堂は二人にもそこに座るように促した。

ポケットの中から新しい飴を取り出し、口の中へ入れると紫堂は足を組み自宅の庭を見つめる。克也と晴海も何もいわず同じように庭を眺めた。



「…病院から知らせを受けたときは、まじでビビった」

しばらくして、庭に目を向けたままぽつりと紫堂がこぼす。それにびくりと一番反応したのは克也で、庭に向けていた顔を紫堂の方へ向ける。

「真っ白な顔で横たわるかわいい息子を見たときは相手を殺してやろうかと思ったもんだ。誰に、どうして、どこで、聞いても病院は知らないという。警察に聞いても未成年だの個人情報だの口を割りやがらねえ。大事な息子を刺されて、その理由すら教えてもらえねえんぜ?なんて理不尽なんだと思ったね」

紫堂の話を聞きながら克也は背中に冷たい汗が流れる。紫堂の言っていることはあの時の事件のことだろう。ぐ、と膝においた手に無意識に力が入る。

「紫音に聞いても、『自分のせいだ』としか言わねえ。それどころか話を聞こうとすると激しく自分を責めるんだ。『俺が弱かったから、俺が梨音を守れなかったから、俺が、俺が、』ってな。紫音は元々ひどく責任感の強い子だ。特に梨音に対してのそれは親から見ても異常なほどにな。理由を知ってる俺らはそれ以上は何も言えなかった。お前は頑張ったと抱きしめてやるしかできなかった」

ちゅぽ、と口から飴を取り出し、くるくると子どもが遊ぶかのように回す。

「あの…、」
「ん?」
「…教えて、いただけませんか。しおんちゃ…、いや、紫音くんが、どうしてあそこまで梨音くんを護ろうとするのか…」

失礼に当たるかもしれないとはわかりつつも晴海はどうしても知りたかった。紫音が、どうして自分を殺してまで梨音にすべてを捧げるのかを。聞くなら今しかないと思ったのだ。

「…ガキの頃にな、変態に襲われたんだよ。紫音の目の前でな。二人で遊んでて、梨音が一人で水をくみに行ったらしい。戻ってこない梨音を探しに行った紫音が見たのは変態に組み敷かれる梨音だったんだと。結果的には最悪の事態に至る前に助かったんだがな、それを紫音は自分が梨音を一人にしたせいだと思ったんだ」

紫堂の話を聞いて、晴海の胸に言いようのない感情が渦巻いた。それは、克也も同じだったようで。二人そろって紫堂に何も相槌を返すことができない。

「…それからだ。紫音が、あのかわいい、誰よりも繊細で、誰よりも優しくて人を傷つけることなど一切できなかった紫音が、体を鍛え、梨音に近づく人間すべてにまるで手負いの獣のように牙をむいて威嚇し出したのは。わかってた。俺たちは、わかってたんだ。でも、どうすることもできなかった。親のくせにと世間は思うだろうな。だがな、親だからこそ、下手にそれを否定すれば紫音が壊れてしまうのがよくわかっていたから、何も言えなかったんだ。それは、梨音に対してもそうだ。あの子は、紫音がいなければ出歩くこともできなくなってしまった。お互いが、お互いに依存してしまったんだな。」

晴海の脳内に浮かぶのは、梨音の守護者だったころの紫音。

まだ二人の事をよく知らなかったあの頃。克也が梨音を無理やり手籠めにするために紫音を引き止めようとしたトイレ前。自分を振り飛ばし、梨音を助けるためにトイレに駆け込んだ紫音の後を追った自分が見た、あの光景。

あの時感じた紫音への違和感は、間違いではなかった。

二人とも、ひどく傷ついただろう。知らなかったとはいえ、幼い頃のその古傷をさらに抉ろうとしてしまった自分たちの愚行が悔やまれる。
晴海も克也も、膝に置いた手に力を入れて唇を噛んで俯く。

「俺たちだって、二人がそのままでいいとは思っていなかった。いつか、いつかきっと、心から自分をさらけ出せる、自分の全てを受け止めてもらえる、そんな相手が二人にも見つかるはずだと。もしいなくても、俺が、そうなってやるつもりだった。」

そこまで言うと、紫堂は手に持って回していた飴を口の中に放り込み腰掛けていた椅子の背もたれに体を預けた。

「…なあ、克也とやら。」

ふいに自分の名前を呼ばれ、驚いて克也が顔を上げる。

「今回の事件は、恐らくお前が関係しているんだろう。俺のかわいい梨音の体に、一生消えない傷跡を作るような、下手をすれば命を落としていたかもしれないような大変な事件に巻き込んだのはお前だろう。そのなりを見りゃわかる。お前はどっかのチームの結構な腕の立つもんの位置にいるんじゃないか?」

射抜くような目で見つめられ、克也はごくりとつばを飲み込んだ。紫堂の言うことは何一つとして間違ってなどいない。あの時、梨音は自分のせいであんな目にあったのだ。親にしてみれば、自分は可愛い子供を事件の被害者にした憎むべき存在だ。

「――――その通りです。あの子を巻き込んだのは、俺の責任です。大事な息子さんを守りきることができず…申し訳ございませんでした。」

背中をぴんと伸ばしてまっすぐに紫堂を見つめ返し、克也が深々と頭を下げた。


どれくらいの間そうしていたのだろうか。しばらくして、紫堂がふう、とひとつ息を吐き出した。


「…退院して、初めて会った梨音を見て驚いた。あの、紫音の陰に隠れるしかできなかったあの子が、初めてお兄ちゃんに見えた。何をきっかけにあの子が変わったのか…今日のあの子の様子を見りゃ嫌でもわかる。…それは間違いなく、お前のおかげなんだろうよ。」

下げていた頭を恐る恐るあげて、紫堂の顔を見る。紫堂は、先ほどまでの挑戦的な射抜くような眼差しではなく、慈愛に満ちた目で克也を見ていた。

「それから、紫音もだ。あの子が…あんなにかわいらしい笑顔を見せるのはいつぶりだろうと思ったよ。自分が守るのだけではなく、守られるべきでもあると…ようやく、そう気付いてくれた…。それは、お前のおかげだな?晴海、だっけ。なあ?」

克也に向けた目と同じ眼差しを向けられ、晴海はじんと胸が熱くなった。


紫堂が微笑んだままに立ち上がり、二人の肩にポンと手を置く。


「お前らのせいで、あの二人はひどい目に遭った。…だが、別の意味で二人を助けてくれたのもお前たちに間違いはない。事件に巻き込んだことは正直ムカつくし許せねえが…親として礼を言う。…ありがとうよ。」


…認めて、もらえた。



紫堂の言葉に、感動にも似たその気持ちに胸がいっぱいになる。それに二人が喜びと感謝の表情を向けようと二人そろって顔を紫堂に向けたその時



――――――にたり、と、狂気のような笑みで口元を歪める紫堂がそこにいた。

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