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長沢にはああ言ったけど、本当はまだ少し不安だった。
先輩の望むプレイができないけどいいの?
先輩は涙を流す俺の頭を優しく撫でてばかだな、と言った。
「伸二、昨日も言っただろう?俺はね、君を愛してる故にMなんだ。つまりね、君に関するどんなこと、例えばトイレに入ろうとする君について行こうとして殴られたりとか君が照れ隠しで言う冷たい言葉なんかの日常の些細なことさえが俺にとってのプレイになるんだよ。」
だからね、と俺を胸元に引き寄せる。
「愛してる、伸二。君の傍でいさせて」
「…、俺も。愛してる、先輩…」
先輩の背中に腕を回してきゅっと服を掴むと、先輩はそのまま俺をベッドに押し倒して覆い被さってきた。
はあはあと息をあらげ、俺の頬を流れる涙をベロベロと舐めとる。
「伸二、伸二、だめだ。かわいすぎる。ああもう君は一体どれだけ俺を煽れば気が済むんだい?動けない君に無理はできないと我慢しているのに煽るだけ煽っておあずけだなんて酷すぎるよ…!」
そう言って一人、股間を押さえてわあわあとわめき始めたので無視をしたら今度は「放置プレイ…!」と恍惚としていた。
素晴らしく筋金いりの変態だ。
でも、それは俺を愛してるから。そう考えると、やっぱりうれしくてちょっとはにかんだ笑みがもれる。
それを見た先輩がうずくまり何故か床をだんだんと叩いていた。
その翌日。俺は長沢に呼び出されて放課後あの時のように二人で教室で向かい合っていた。
「こないだは悪かった」
突然の長沢に謝罪に訳が分からず首を傾げる。
「…俺、ここに来る前に好きな奴がいたんだ。そいつはお前と同じノーマルな男で。俺はそれとなしに友人を装ってそいつに聞いてみた。『SMってどう思う?』って…」
その子は予想通り、『あり得ねえ、きもちわりい』と言ったらしい。
「それ聞いてさ。俺、もうすげえショック受けて…。自分の好きな奴に自分自身を否定されたような気になったんだ。ここに来て、お前らを見て。…俺はこんなにも苦しい思いをしたのに、なんでお前らだけ幸せそうなんだって…」
再びごめん、と頭を下げる長沢に慌てて首を振る。
「いや、いいよ。その、あれだ。お前のおかげで、もっと先輩と分かり合えたと思うし。お前のおかげ…」
「俺、気付いたんだ。」
お互い謝罪をして、熱い友情をさあ…、と思ったその時。長沢が俺の言葉を遮り天井を何やらキラキラとした目で見つめ仰いでいた。
「滝川先輩に言われたことで、目が覚めたよ。そうだよな。自分の性癖を受け入れてもらうには。まず、逆の立場になってみればよかったんだよな!!」
まてまてまてまてまて。なんだかおかしい方向に話が進んでるぞ。
「だから、篠田!!」
「ひっ!な、なに…」
今の今まで天を仰いでいた長沢が、突然俺の両手を握りしめて鼻息荒く顔を近づけてきた。
「俺、犬になってみるよ!!ううん、なる!今までSだった俺だけど、好きな奴には逆で攻めればいいんだよな!だから、ご主人様!俺をぜひお前の犬にしてくれないか!」
「いやじゃぼけえええええ!!」
何が悲しゅうてご主人様呼ばわりを二人にもされなきゃならんのだ!!
俺の手を握りしめる長沢に頭突きをかまし、手が離れたところでくるりと背中を向けて教室から駆け出す。
「まてこらご主人様!首輪つけろやゴラアアアア!」
「バカかお前は!誰が付けるかー!…って、うわ!」
後ろから追いかけてくる長沢を振り返り叫んだところで前にいた人物にドスンとぶつかってしまった。
「ごめんなさ…って、先輩!」
「伸二…なに、俺以外の犬作ろうとしてんの?伸二の犬は俺だけでしょ?何で長沢にご主人様何て呼ばせてるの」
「ひい…!」
がばりと抱き着き、首元をべろりと舐められ裏返った声が出る。
「あっ、てめえ何してんだ駄犬!俺のご主人様から離れろ!」
「何言ってんの?伸二の犬は俺だけ。昨日までSだった奴がにわかMとかやめてくんない?」
ぎゃあぎゃあとわめきあう二人に、今の内とそろそろと抜け出す。
「あっ、篠田!てめえなに逃げようとしてやがんだ、待ちやがれ!俺のご主人様になれ!かわいがってやるからよ!」
「待って伸二!なんで俺からも逃げるのさ!?後でお仕置きだよご主人様!」
「うっせえばか共!!追いかけてくんな変態が―――――!!」
鼻息荒く追いかけてくる二人に向かってあっかんベーをして叫ぶと、二人ともがますますぎらぎらとした目で追いかけてくる。あの状態の先輩に捕まったとしたら俺は間違いなく三日間ベッドの住人だ。長沢は論外。さっき俺に向かって『好きな奴』とか言ってたような気がするけど気のせいだと思いたい。
こうして、俺はこの日から何故か二人の変態に追いかけられる日々を過ごすことになるのであった。
溺愛ってなんですか?
変態を理解することです!!
end
→あとがき
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