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11

その翌日、僕は和音様に応接室に呼ばれしばらくそこで待つようにと言われた。
大人しくソファに腰掛けて待っていると、がちゃりと扉が開いて一人の女性が現れた。


…この、ひと、は。


「…愛夢…」
「かあ、さ…」

僕が立ち上がり、言葉を言い終える前にその人は僕に駆け寄り涙を流しながら僕をぎゅうと抱きしめた。


母さん。僕が6歳の時に離れ離れになってしまった母さんが。
どうして、ここに。


ふと扉の方を見ると和音様が優しく微笑みゆっくりと頷いていた。


和音様は、義祖父母の身辺を洗い出す時に僕の事についても調べていたらしい。

「奴らの悪事の全てを暴くには過去の事からプライベートなことまで洗いざらい調べる必要があったんだ。」

勝手な真似をして済まない、と頭を下げる和音様に僕は慌てて首を振る。

「…私は確かにあのお屋敷に住み込みで働いて、お屋敷の後継者である武典さんと恋に落ちたわ。でもね、愛夢。信じてほしいの。私たちは本当に愛し合っていた。武典さんは婚約者なんていなかったし、ご両親に私と結婚すると説得してくれていたのよ。…でもね。武典さんのご両親は決して許してはくれなかった。それで、武典さんはお腹にあなたが宿ったことを機に山本の家とは絶縁する、私たちを守る、と言ってくださったの。」

元々自己中心的で身勝手な両親に嫌気がさしていた父は、会社なんていらないと身一つで母さんを連れて家を出たらしい。そんな父を、義祖父母は裏切り者だと罵り母を、自分たちの息子を誑かした最低な女だと罵倒した。

ようやく落ち着いたとある町で僕が生まれたのを機に、孫が生まれた、自分たちは幸せに暮らしていると知ってくれれば少しは変わってくれるのではないかと両親に向け一度だけハガキを出したそうだ。


ところが、そのハガキを見た義祖父母は家に乗り込んできた。お前の代わりに、僕を差し出せと。お前たちは好きにするがいい。今度こそ自分たちの言いなりになる従順な人形を作るから代わりにその子をよこせと平然と言ってのけた義祖父母に父は考えさせてくださいと言うことを聞いたふりをしてその日のうちに義祖父母の手の届かないところに皆で逃げようとしたらしい。

「…その、逃げた先で、急に倒れて…」

父は義祖父母の手から逃れた先で、帰らぬ人となってしまった。父は逃げる際に、母に言っていたそうだ。

『もう、二度と、愛夢をあの人たちに会わせてはいけない。僕にもし万が一のことがあっても、絶対にあの二人には知らせないでくれ。』

母は父の言葉通り絶対に父の死を知らせなかった。自分たちの所在も、一切知らせることをしなかった。どこからか漏れることを恐れ、親しい友人もつくらなかった。でも、僕が6歳の時。突然現れた義祖父母たちに、母は必死に抵抗をしたが無理やり僕を連れ去られてしまったのだと言った。

「あなたが連れて行かれてから、何度も山本の家を訪ねたわ。でも、無理に食い下がることはできなかった。そうしてしまうと、私はきっと彼らにどうにかされてしまっていたと思うから。あなたのことはひと時も忘れたことなどなかった。どんな扱いを受けているのか。ひどい目には合っていないか。毎日毎日、身が引き裂かれそうな思いに苦しんだ。でも、生きてさえいれば。私が、生きてさえいればいつか。
あなたがもし武典さんの代わりにと育てられていたら、いつか公の場に姿を現してくれる。私は、そのチャンスにかけるしかなかったの」


ごめんなさい。身勝手な母を許して。あなたを守ることのできなかった私を許して。

そう言って泣く母さんを、僕はそっと抱きしめた。


義祖父母の話は、嘘だったんだ。僕は、望まれた子供だった。父と母に、こんなにも愛されていたんだ。
とても、とても苦しい、つらい日々だった。大好きな母さんと引き離されて、僕はいらない子だったと、僕のせいで全て狂ったと言われ続けて。でも、違ったんだ。


向かいのソファに座る和音様をそっと見る。和音様が、母を探して訪ね、僕の元に来るように言ってくれたんだそうだ。


「…河村由紀子さん。少しよろしいでしょうか」


突然、居住まいを正して和音様が母に声を掛けた。母が涙を拭き、和音様に向き合うと和音様はソファから下りて床にぴたりと膝と手をつけた。

「に、義兄様…?」
「…ようやくお会いできた大事なご子息、本来ならばあなたのお手元にお返しするのが筋だとは思います。ですが、あえてお願いしたい。私は彼を、愛夢を愛しています。どうか、彼を私に頂けませんでしょうか。一生、大事にします。必ず幸せにします。どうか、どうかお願いいたします。」


そう言って、床に深々と頭を付けて母に向かって土下座をした。突然の和音様の行いに、僕も母も唖然として言葉を失ってしまった。

一瞬、本当に何が起こっているのかわからなくて。でも、和音様が僕をくれと母さんに頭を下げたのだと理解したのと同時に僕の涙腺は決壊していた。
母は僕の頬を、まるで大丈夫だとでもいうように優しく撫でた後、ソファから降りて同じように和音様の前でぴたりと膝と手をそろえる。


「…私がこの子と再び会うことができたのはあなたのおかげです。この子を見れば、あなたがどれだけこの子を大事にしてくださっているのかがわかります。どうして反対などしましょうか。
…こちらこそ、私の大事な息子をどうぞよろしくお願いいたします。」


そう言って、和音様に頭を下げた。

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