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「ふふふ、緊張しているのかい?大丈夫、ワシにすべて任せるがいい。」
男の手がゆっくりと僕を押し倒す。
嫌らしい顔が目の前にあり、僕は怖くて怖くて思わず逃げようとずりあがる。
「おっと、いいのか?君が抵抗すれば和音様はどうなるかわかってるのかね?」
和音様の名前を出され、ぴたりと体をとめる。
そうだ。僕がここで逃げ出してしまったら、和音様にご迷惑がかかる。
…和音様。僕の、愛しい愛しい義兄さま。
本当ならば、あなたの腕に抱かれたかった。母から引き離され、辛いことしかなかったこの僕の人生の中で、唯一母以外に優しさをくれたあなたが、大好きでした。
できることなら、あなたに愛されてみたかった。
「いい子だ。たっぷりかわいがってやろうな」
抵抗をやめ、四肢を投げ出した僕に男がゆっくりと覆い被さろうとしたその時。
ものすごい音がして部屋の襖が吹き飛んだかと思うと、世にも恐ろしい形相をした和音様が現れた。
「ひっ!…、や、山本、さま…!」
和音様を見たとたん、僕にのしかかっていた男が弾かれたように飛び退きがたがたと震えだした。…山本、さま?
この人は、和音様の大事な取引先の会長じゃなかったの?
「…寺前、貴様…。よくも一介の中小企業の会長ごときが俺のことをコケにしてくれたなあ…?」
「ち、違います!わた、わた、私は、あの山本の分家の夫婦に騙されて…!」
「言い訳は無用だ」
和音様はがたがた震える男にゆらりと近づくと思い切りその男を殴り飛ばした。一体どれだけの力が込められていたのだろうか、男は二回転して部屋の壁にぶつかり、ぴくりとも動かなくなった。
「愛夢」
名前を呼ばれ、びくりとすくみ上り恐る恐る和音様を見上げると、和音様は僕に対してもものすごく怒っているのが分かった。
「あ…」
和音様は乱された僕の着物を正すと、無言で僕を抱き上げた。
「に、義兄さま…!」
「黙れ」
いわゆるお姫様抱っこをされ、驚いて降りようとすると和音様にぴしゃりと言われ抵抗をやめ大人しくしがみついた。これ以上怒らせたくない。僕は今、きっと何か失敗をしてしまったんだ。
役に立てない自分が情けなくて、悲しくて、震えながら和音様の肩に泣きそうな顔を埋める。和音様は車に乗り込んだ時でさえ僕をその腕の中から下ろすことはなく、和音様が僕を下ろしたのは和音様の寝室のベッドの上だった。
「…っこの、馬鹿者が!!」
僕を下ろすと同時に、和音様がベッドの横の壁にだん!と思い切り拳をぶつけた。その音と和音様の怒りに、僕はますますびくりとすくみ上る。
「ご、ごめんなさ…」
「のこのことあんなところに連れられて行きやがって!あのままだとお前はあのクズに犯されていたんだぞ!わかってるのか!」
…どうして。どうして、和音様はそのことで怒ってるの…?だって、そうしないと和音様の会社は潰れてしまうんでしょう…?
僕は、どうなってもよかった。和音様が、和音様さえ幸せになれるのなら。僕の体一つであなたを救うことができるのなら、ぼくなんてどうなってもよかったんだ。
和音様を見つめたままぽろぽろと涙をこぼし始めた僕の頬を、和音様がそっと触れる。
「…すまない。お前のせいじゃないのに、今のは完全に八つ当たりだ。きっとお前の事だ。あいつらに、あのお前の義祖父母とやらに何か言われたんだろう。俺の為だとかそんな感じか?」
和音様の言葉に首を振る僕を、今度は優しく抱きしめた。
「いいんだ。嘘をつかなくてもいい。お前に何があったのかは調べがついている。愛夢。俺の会社は別に潰れそうなんかじゃない。お前はあの二人に騙されたんだ」
和音様の言葉に、僕は思わず顔を上げ目を見開いた。
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