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「あ」
次の日、恵人は聖がお弁当を忘れているのに気が付いた。聖は毎日恵人の愛妻弁当を楽しみにしている。ないと気付くとひどくショックを受けるかもしれない。
今日は学校が創立記念で休みなので、恵人は聖の会社に直接お弁当を持っていくことにした。
聖の会社のビルの受付で、聖に取り次いでもらう。待っている間、手にしたお弁当を見て、届けた時の聖の顔を想像して顔をほころばせる。
「お待たせいたしました、奥のエレベーターより社長室へお上がり下さいませ」
受け付けの人に指示され、恵人はドキドキしながら社長室へと向かった。
「恵人!」
社長室について扉をノックして開けるなり、聖が恵人を抱きしめた。
「今日は会社についてカバンを見て絶望していたんだ。恵人がまさかわざわざ届けてくれるだなんて嬉しいよ、ありがとう」
お弁当をそれはそれは嬉しそうに受け取る聖を見て、恵人は来て良かった、と頬を染めた。
二人抱き合っていると、社長室の扉がノックされた。
「失礼いたします社長、秘書の丸川です」
「入れ」
外から聞こえた声に、恵人を離してたたずまいを正す聖。一瞬にして旦那様から社長へと切り替わった聖を見て、恵人はかっこいいな、と惚れ惚れしてしまった。
会社や外では、恵人に変な噂が立ってはいけないと聖は恵人の事は従兄弟だと紹介している。本当なら嫁だと公言したいのだが、噂というのはどこからどう回るかわからない。まだ学生である恵人が学校で嫌な思いをしない様にと配慮した。
その代り、卒業した暁には専業主夫になってもらって堂々といちゃつこう。聖はその日を糧に会社でもクールな社長を必死に演じている。
「本日のスケジュールの確認です。…おや、こちらは?」
部屋に現れた丸川という秘書は、一か月前に聖の秘書になったばかりの新人だ。前任の秘書が交通事故に遭い、臨時で短期の秘書を探していたときに取引先の企業が『それならばぜひうちの娘を使ってくれ』と言ってきたのだ。
まあ、長い間の事でもないし、と聖は丸川を採用した。
「あ、は、初めまして。従兄弟の恵人です。」
「…初めまして、社長の秘書をやらせていただいております丸川です」
どこか冷たい微笑みを向けられ、恵人は何だか首のあたりがもぞもぞとした。
丸川は、とてもかわいらしい女性だった。
「社長、打ち合わせをしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ぼ、僕帰ります。聖さん、お仕事がんばってください。それじゃ。」
聖の言葉を待たずに、恵人は逃げるようにして社長室を後にした。
家に帰って恵人はもやもやと言いようのない感情を抱いていた。
…丸川さん、すごくかわいい人だった。
「秘書ってことは、一日中聖と一緒にいるんだよね…」
挨拶したときに自分を見たあの人の目。あれはいつも聖と出かけるときによく見る目だ。聖はとても美形なので、恵人と街を歩くたびすべてに人が聖をうっとりとした眼差しで見つめる。そして、隣にいる恵人を見て、なんでお前みたいなのが隣に?という見下したような目を向けてくるのだ。
ソファでお気に入りのクッションをぎゅうと抱きしめる。
あの人も、きっと聖の事を好きだ。
恵人は不安で不安で仕方がなかった。
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