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3

「え?出張?」

その日、会社に戻った修吾は編集長に呼ばれた。

「急なんだけどな、坂田先生の担当者がインフルエンザで寝込んじまって。前担当のよしみでお前代わりに行ってくれないか、明日から3日間」

坂田先生は歴史作家で、ひどく癖のある先生だ。気に入らない人とは口もきかないし、会うことすら拒否することもある。俺は『孫に似ている』と気に入られてたから、なんの問題もないんだけど…

「袴田先生んとこには新人の月村を行かせるから」

月村は今年入った有望株だ。女だてらにはきはきとして作家受けもいい。

…俺以外が、先生の世話を焼く…。

「…わかりました」

ずきりと痛む胸を無視して、会社を後にした。


出張は無事終わった。坂田先生も今回の取材に大満足だったみたいだし、仕事もはかどることだろう。
会社に戻ると月村と交代するように言われ、袴田先生の元へ向かう。


たった3日間だったけど、まるで何年も離れているようだった。部屋はどうなってるだろうか。ご飯は?お風呂は?
原稿よりも袴田自身を心配している自分に気づき、笑みが漏れた。

袴田に持たされた合い鍵でマンションの扉を開ける。

「ただいまもどりまし…た…」

玄関に一歩踏み込んで、言葉を止めてしまった。


きれいに整頓された靴、ピカピカに光る廊下のフローリング。靴箱の上には花まで飾られ、埃一つない。
リビングに向かうと、一生懸命掃除機をかける月村がいた。

「あっ、林先輩!お帰りなさい!出張どうでした?」
「あ、うん。特に何も。こっちは…?」

問いかけながら周りを見回す。整理された食器棚、きちんと干された洗濯物。俺がいたときよりも、きっときれいだ。

「も〜、袴田先生ってほんとに何もできない人なんですね!初めてここに来た時びっくりしましたよ!でも、先輩のいない3日間でずいぶんましになったと思いません?袴田先生、がんばったでしょ?」
「は?」

腰に手を当て、どや顔をする月村の言うことがよくわからなくて首を傾げる。

ましになった?
先生が頑張った?

「あの、どういう…」

ばん!ダダダダ…

仕事場の扉が勢いよく開けられたかと思うと、こちらに向かって走ってくる音が聞こえた。
驚いて振り向こうとする前に、後ろからぎゅっと抱きしめられた。

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