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7

本当は、ずっとずっと気になっていた。初めて美術室で大野を見た時。見た目は全く違うのに、二宮は動揺した。翼。
でも、そう考えてすぐさま否定する。翼はこんな顔じゃない。なにより、高校生なわけがない。二宮は自分の考えを振り切るようにわざと大野に気持ちのこもらないキスをした。だが、唇が触れた瞬間。自分の中にえもいわれぬ甘い感情が沸き立つ。

違う。これは翼じゃない。

大野に会うたび心の中は何かを叫ぶ。だから、からかわずにはいられなかった。からかっては牽制を繰り返す。自分が欲しているのは翼のはずなのに。なのにどうしてこんなにも大野が気になるのだろう。

そして昨日。大野が帰った後、美術室に花園が現れた。外の自分を知っている口ぶりで。

「…どこかで会ったことがあったかな?」
「うん。先生、よくバーにいたよね?僕も行ってたんだ。高校生だから、ばれない様にちょっとだけ変装してたけど。何回か話したことがあるんだよ?でも僕、親にばれて行けなくなっちゃって…。何も言わずに先生と会えなくなっちゃったから、寂しかった。黙って消えてごめんね?」

ただそれだけの会話で、二宮は花園を翼なのではないかと思った。変装していたのなら、多少なりあの時と顔が違っているのかもしれない。そういえば目の色が似ているかもしれない。いつもの二宮ならそんなことは決してなかっただろう。だが、その時二宮は大野への言いようのない感情に冷静さを欠いていた。

そして、今日。美術室で花園と話をしていたら、大野が現れた。その姿に、どきりと胸が高鳴る。いつものようにからかうも、反応がない。そんな大野の態度に動揺した。だが、花園に言われすぐに花園の方へ意識を向ける。それでも、視界の端に移る大野が気になって仕方がない。花園と話しながら、花園の態度に違和感を感じていた。いくら変装していたとはいえ、人は性格までも偽れるものだろうか。
翼は、こんなふうに自分に媚を売るような態度ではなかった。こんなふうにわざとらしく甘えるような男ではなかった。控えめで、大人しくて。

―――――そう、例えば大野のような。

そこまで考えた時に、大野の様子がおかしいことに気が付いた。気になって声を掛けると、ひどく驚いて筆を落とした。
その後、大野は花園の言葉に美術室を飛び出した。大野の筆を拾い、先ほど花園が大野に投げつけた言葉を反芻する。


『汚い』


…翼ではない。翼は、そんなことは言わない。あの、最後に会った日。あの時、翼は自分の絵にひどく悩んでいた。悩みながらも、絵にかける情熱は誰よりも強かった。そんな翼が、絵の具を汚いと言うはずがない。
大野のキャンパスをふと見つめる。そこに描かれていたのは一面の穏やかな海。

『海のような人ですね』

毎日見ていたはずの大野の絵。だが、そこにあふれる感情に二宮は初めて気が付いた。


「お前じゃない」


花園は翼ではない。翼は。俺が心から欲していたのは。
二宮は美術室を飛び出し、大野の後を追った。散々駆け回ってやっと見つけた大野は、うずくまって静かに泣いていた。そっと近づく。

「変装なんてしなきゃよかった…」

大野がつぶやいた言葉に、全身が粟立つ。


―――――ああ、やはり。

二宮は足早に駆け寄った。
逃げようとする大野を無理やりその手に閉じ込める。

翼。翼。やっと見つけた。お前が消えたあの日から、俺の世界は色が消えてしまったようだった。がっついている男だと思われたくなくて、あえて連絡先を聞かなかったことを激しく後悔した。一緒にバーにいた友人に聞いても、何も知らないと翼の手掛かりを知る者が誰もいなくて。手当たり次第に男を漁った。携帯を何度も確かめる日が続く中、この学校への赴任が決まった。言い寄る生徒たちの中にも、翼の面影を探す。会いたい。もう一度。気が狂いそうな毎日の中、現れた地味な生徒。そいつにキスをした瞬間、モノクロだった世界がほんの少し色づいた気がした。


間違いではなかった。俺の心は、翼をちゃんと見つけ出していた。


「お前がなんで消えたかとか…、どうして連絡をくれなかったかとかそんなのはいい。今はただ、やっとお前を抱きしめることができた。それが嬉しい…。
気付かなくて、ごめんな?愛してる、慎吾…」

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