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そんなある日、廉がキッチンで夕食の用意をしているといつの間にか尚が後ろに立っていた。驚いて皿を落としそうになるが、なんとか流し台に置く。尚は口元に冷笑を浮かべ、自分をじっと見ていた。
廉は途端に過去の出来事をフラッシュバックさせる。…あの時と、同じだ。
「なあ、悠里と恋人同士ってほんとなのかよ?」
自分を見つめながらそういう尚に、無言で頷く。
「ふうん。恋人、ねえ。悠里はそう思ってないみたいだけど。…最近俺とずっと一緒にいるだろ?悠里さ、照れ屋なんだよね。でも今日はっきり言ってくれた。廉はいらないってさ。俺がいればそれでいいってさ。な、別れろよ。俺の方が、かわいいし理事長の息子だし。悠里の為にもなると思わないか?お前と付き合ってても、悠里に何のメリットもないじゃん。」
尚の言葉は、廉のぎりぎりの心を砕けさせるのに十分だった。
悠里がいらないと言ったのは嘘だろう。それは信じないし、ありえない。…でも、そのあとの言葉。
尚はこの学園の理事の息子だ。この先、きっと悠里の役に立つ。でも、自分は?自分には何もない。悠里を助けてやれるだけの財力がある家でもない、見た目が良いわけでもない。自分は、悠里には不釣り合いすぎるのだ。
廉は勝ち誇る尚の側を、ふらふらと通り過ぎた。そのまま向かうのは、悠里の部屋。久しぶりに訪ねるその部屋を、軽くノックする。
コン、コン。
しばらくの沈黙のあと、悠里が顔を出した。廉の姿に嬉しそうに顔をほころばせ、その身を抱き寄せる。だが、廉はその手をそっと外した。いつもと様子の違う廉に、悠里が怪訝な顔をする。
「…別れて、ください…」
廉の言葉に、悠里の表情が凍りついた。
悠里を見ないまま、廉は震える声で続ける。
「…もう、あなたの傍にいたくない。あなたを愛してない。…だから…
………いっ!」
玄関先で震えながら訴える廉の腕を、悠里はぎりぎりと掴みあげる。
「…もう一度、言ってみろ。誰が、なんだって?」
無表情に、腕を強く握りながら悠里が廉に問いかける。廉は見たことのない悠里の姿に、息をのんだ。
「あ、あ…。」
怖い。恐怖で、声が出ない。こんな恐ろしいオーラを出す悠里は、見たことがなかった。廉は言葉を発することができずに、ただがくがくと震える。
「例え嘘でも、その言葉を口にすることは許さない。…お仕置きが、必要なようだな。」
氷のような笑みを浮かべ、廉を寝室まで引きずった。
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