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お付き合いを始めて二か月ほど経過したとき。俺は一大決心をして草壁ちゃんに声を掛けた。
「…く、草壁ちゃん。今日、今日ね。俺の同室の奴、いないんだ。彼氏のとこに泊まるんだって。そ、それでね、よかったら草壁ちゃん、と、と、泊まりに、こないかなって…」
俺のお誘いに、草壁ちゃんは無言で固まった。じっと返事を待っていた俺は、なにやら草壁ちゃんの様子がおかしいことに気付く。
「…草壁ちゃん…?」
ドキドキしながら問いかける。もしかして、もしかして。そういうことをするには、まだ早かったんだろうか。二か月くらいだったら、お互いそろそろ次のステップに進んでもいいかと思ったんだけど。俺、がっつきすぎたかな。体目当て、何て思われたらどうしよう。
軽率だったかな。どうしよう、どうしよう。これで、嫌われちゃったりしたら。
顔を青くする俺に、はっと我に返ったように草壁ちゃんが俺の手を取る。
「ご、ごめんなさい。突然の事で驚いちゃって。…行き、ます。今日、ですよね。楽しみです。」
そう言ってにこりと微笑む草壁ちゃんにほっとした。草壁ちゃんの憂いの表情には気付かずに。
その晩、やってきた草壁ちゃんをドキドキしながらおもてなしする。一緒にご飯を食べて、テレビを見て。交代でお風呂に入って、ベッドで草壁ちゃんを待つ。
ああ、ついに、ついにこの時がやってきた。俺は今夜、愛しい恋人に童貞を捧げるんだ。初めてだから、うまくできるかな。一応ちゃんと勉強したけど。草壁ちゃんを、うんと気持ち良くしてあげよう。初めてが俺でよかったと思えるように。
やがて、お風呂から出た草壁ちゃんが寝室へやってきた。俺の横に腰掛け、じっと俯く。俺は震える手で草壁ちゃんの肩を抱き、そっと口づけた。
「ん…」
段々、ついばむだけだった口づけを深くする。えと、舌はこうやって絡ませればいいのかな。必死に考えながらおずおずと舌を出すと草壁ちゃんもぬるりと舌を絡ませてきた。
「ん…っ、んん…!?」
緩く舌を絡ませていたら、突然草壁ちゃんが俺の両頬をがしりとつかみ、じゅう、と思い切り舌を吸い上げた。
「んう…!んっ、ん…!」
驚いて逃げようとする俺の舌を、また思い切り吸い上げ、口内を余すとこなく蹂躙する。文字通りむさぼるような口づけに、俺は怖くなって草壁ちゃんの胸をどんどんと叩いた。
それに気づいた草壁ちゃんが、目を見開いてはっと驚き、弾かれるように俺から離れ立ち上がった。
「く、草壁ちゃん…?」
俺は何が何だかわからなくて、はあはあと息を荒げながら草壁ちゃんを見上げる。草壁ちゃんはわなわなと震え、ひどく泣きそうな顔をした。
「…ご、めんなさい…!」
そして、そう言って部屋からばたばたと駆け出して、扉を開けて出て行ってしまった。
一人残された俺は、混乱していた。あれは、一体なんだったんだろう。あの、舌を絡めたときの草壁ちゃんは別人のようだった。あれはまるで、捕食者。…もしかして俺は、とんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
草壁ちゃんからは、その日連絡が入ることはなかった。
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