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「せい…じ…」
誠二は、無言で皆の前を通り過ぎ俺の前にきて、俺の前髪をつかんでいる奴を睨みつけた。
「その手を離せ」
誠二から、恐ろしいほどの怒りが溢れているのがわかる。睨まれた男はゆっくり俺の前髪を離し、顔を床に打ち付ける前に誠二が俺を抱き起こした。
「大丈夫…じゃなさそうだな。悪い、遅れた」
そっと、殴られたあとを撫でさする。俺に向けられる辛そうな顔に、耐えていた涙が決壊した。
「せい、じ…!誠二っ、誠二…!」
涙にあふれた顔を誠二の胸板に押し付け抱きしめている腕を握りしめる。誠二が、いる。
今頃になって恐怖からか安堵からか、俺の体はがたがたと震えだした。
誠二はそんな俺の背中を優しく撫でる。もう大丈夫だとでも言うように。
「せ、誠二、お前出張のはずじゃ…」
父親が、ようやく我に返り動揺しながら誠二に問いかける。
そういえば、どうしてこの人たちは今日ここに来たんだろう。まるで初めから誠二がいないのをわかっていたかのように。
「…ああ、確かに出張には行った。それがあんたら、特にそこにいる汚い女の罠だとは気付かずにな。」
「…!わ、罠だなんて、わたくしは…」
「だまれ」
女が言い訳する前に、誠二が制す。誠二の両親も、女も、そこにいる皆が誠二の迫力の前に何もいえない。
「初めて聞く取引先だったが、秘書の不手際でよく下調べもせずに出向いたのが間違いだった。まさか、ついた打ち合わせ会場がマスコミを多く用意した記者会見場になってるとはな。お前の父親が薄汚い笑顔で握手を求めて、そこにいる記者たちに向かって、今日は俺の婚約発表だと言ったときにやられたと思った。」
誠二の言葉を聞き、三人がしてやったりと言うように笑顔になる。
「そうか、誠二!会見がすんだんだな!」
「ええ、ええ!これで一安心だわ!」
「うふふ、誠二さんったら。全て終わらせて急いで戻ってきたのね?」
嬉しそうに話す三人を見て、めまいがした。
記者会見。つまり、誠二は社会的に婚約したと報道された。誠二は、世界から注目されるほどの起業家だ。そのニュースはいち早く世界に配信されるだろう。
一度宣言されたからには、簡単に取り消すことなどできないはずだ。そんなことをしたら、誠二の会社は潰れてしまうかもしれない。
だが誠二は、かたかた震える俺をさらにぎゅっと抱きしめた。
「ああ、全て終わらせてきてやったさ。」
そう言って、テレビをつけた。
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