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「高原ヤマト」


ある日、帰りに街を歩いていると、また山下さんに会った。よく会うなあ。
ケーキ屋さんに行った次の日から街を歩いていると結構な確率で山下さんに遭遇した。そのたび山下さんは僕に必ず声を掛けてくる。
いつも僕は鞠ちゃんたちに囲まれているから、すぐに引っ張られてろくに話すことなく離されちゃうんだけど。
山下さんに声を掛けられるたびになぜか僕はドキドキしちゃうんだ。


「今日は一人か?あのやかましい女はどうした」

鞠ちゃんのことかな。
鞠ちゃんは今日、風邪を引いてお休みなんだ。だから僕、お見舞いにあのお店のケーキを買いに行くところなんだ。


「風邪で休み。」
「ほう、で?お前は?」
「お見舞いを…」
「あの店か」


ドキドキして上手く話せなくて簡単な単語しか話せない僕を、山下さんはきちんと相手してくれた。優しいなあ。


「じゃあ…」


緊張して上手く話せないから、早く立ち去りたくてそう言って山下さんに背中を向けた。ああ、僕のバカ!嫌な思いさせてないかな?
後ろ髪を引かれつつケーキ屋さんに向かう。何がいいかな。ショーケースを眺めながら考える。
あ、あのケーキ新作だ。美味しそうだな。僕も買って帰ろうかなあ。


「その新作ケーキを一つくれ。店内で食べる」


横から不意に手がのびてきて、僕の買おうとしてたケーキを注文する人がいた。
なんとなく振り向いたら、そこにいたのは山下さんだった。


「来い」


注文したケーキと紅茶を乗せたトレイを片手に、山下さんが僕の手を引いて店内カフェコーナーへと連れて行った。向かい合わせに座り、僕の前にトレイを置く。


「あの…」


どうしていいかわからなくて、山下さんとケーキを見比べる。


「食え。おごりだ、少しくらい見舞いが遅れてもかまわんだろうが。食いたかったんだろう?」


…なんでわかったんだろう。いいのかな。なんでご馳走してくれるんだろう。


「食わないと俺が食わせるぞ」
「!い、いただきます!」

そこは『食わないと俺が食うぞ』じゃないの!?慌ててフォークを取ろうとした山下さんより早くフォークを掴み、手を合わせる。一口、ゆっくり口に入れる。


…おいしい。
思わず、ふにゃりと緩んだ頬を押さえる。


「うまいか?」


山下さんの言葉に、緩む頬を抑えながら何度もこくこくと頷いた。



夢中になってケーキを頬張る。ふと目をあげると、山下さんが微かに微笑みながら僕を見ていた。
恥ずかしくなって、ぱくりと最後の一口を口に入れて下を向く。



「ついてるぜ」



山下さんはそう言って僕の口元を親指で拭うと、クリームのついた親指をペロリと舐めた。


僕はびっくりして目を見開いて固まった。だって、今のって、僕の口についてたクリームで、それを舐めたってことは、か、か、か、間接、き、き、き…


驚いて固まる僕を見て、山下さんが自分の口をペロリと舐めてニヤリと笑った。かっこいい。なんだかヤらしい。
真っ赤になって下を向くと、頬に温かいものが触れた。
顔を上げると、山下さんが僕の頬に手を添えて真っ直ぐに僕を見つめていた。


「…お前、俺の…」


ガン!


山下さんが何かを言い掛けたとき、僕たちの横のお店の窓ガラスが叩かれた。驚いてそちらを見ると、怖いお兄さんたちがいた。


「チッ!高原ヤマト、続きはまた今度だ。」


そう言って山下さんは店内に僕を残し、怖いお兄さんたちを引き連れてどこかへ行ってしまった。

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