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あの日から、俺はおかしい。高見沢と羽曳野以外のカプを見ても、全然萌えないのだ。いつも通りに萌えウォッチングに出かけるも、見かける幸せそうなカプにきゅんきゅんしない。
それどころか、なんかもやもやするようになった。
おかしい。こんなの、俺じゃない。どうしてしまったんだろうか。俺、腐男子じゃなくなっちまったんだろうか。
晴彦の事も無意識に避けてた。だってだって、会ったら最後俺はきっと命を取られる。じゃなくて、それに匹敵するほど恐ろしいことが待っている気がしたんだ。
何度か晴彦が俺を訪ねて教室に来ているのも知ってる。寮部屋は居留守を使ったりしてる。
…俺、次に会ったらマジで殺られるかもしんない。
「…はあ。」
今日も萌え力を回復すべく、放課後一人ぽてぽてと校内を歩き回っている。途中で幾人かのおいしいシチュのカプにも遭遇したのに、何とも思わなかった。
…ヤバい。俺、ほんとに腐男子じゃなくなっちまったのかも。
そう考えて、なんとなく高見沢の事を思いだした。そういや高見沢は、腐男子が嫌いだって言ってた。じゃあ。腐男子じゃなくなった俺のこと、今なら好きになってくれる…?
「…え?」
今。今、俺、何考えた?
「きゃっ!」
「うわ!」
自分の頭に一瞬浮かんだ考えに呆然と立ち止まってしまったら、運悪く廊下の角だったらしく曲がってきたやつとぶつかってしまった。結構な勢いで走ってきていたのか、ド派手にお互い転んでしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「い、いや、こちらこ…そ」
慌てて立ち上がり、座り込んだままの俺にぺこぺこ頭を下げるのは、羽曳野だった。
「ご、ごめんね。すごく急いでたから、確認せずに曲がっちゃって…」
眉をへの字に曲げ、うるうると泣きそうな目でじっと俺を見つめる。羽曳野をこんなに近くで見たのは初めてだ。長い睫、くっきりとした二重。ふっくらとやわらかそうな唇に、抜けるような白い肌。頬はほんのりと桃色に染まって、まるで人形の様だ。
…ほんとに、綺麗な顔してんな。俺とは、全然違う。こんなにきれいだったら、人生変わってただろうな。
俺は羽曳野の顔に思わず見とれてしまった。
「あ、の…?」
あまりにも無言で見つめていたから、羽曳野が困ったように首を傾げおずおずと声をかけてきた。それにはっとして『ごめん』と謝ろうとして、羽曳野のすぐ後ろから現れた人物にどきりとした。
高見沢。
「なにやってんだよ羽曳野、走ると危ないぞって言っただろ。大丈夫か?あ、安田」
「よ、よう」
声をかけられてしゅた、と手を挙げる。
「ぶつかった相手、お前だったのか。大丈夫か?」
「あ…うん。ごめんな、羽曳野…っ!」
羽曳野に謝罪して立ち上がろうとして、自分が足首を思い切りひねっていることに気がつく。
「安田?」
「い、痛い!」
急に言葉に詰まった俺に、高見沢が近づこうとしたその時、羽曳野が悲痛な声を上げた。見ると、しゃがみこんで足首を押さえて辛そうに眉を寄せている。
…足首ひねったの?え、さっきまで何ともなかったよね?
そんな羽曳野に、高見沢が慌ててそばに駆け寄った。
「大丈夫か?足ひねったのか?」
「…ん、…」
「悪い安田、俺こいつ保健室に連れてくから。お前大丈夫だよな?」
こくりと頷くと、高見沢はなんと歩けない羽曳野を軽々と抱き上げた。
―――お姫様だっこ!
「た、高見沢くん!僕大丈夫だよ、降ろして!」
「なに言ってんだ、一歩も歩けませんって顔しといて。早く行くぞ。じゃあな、安田」
そう言って二人が去っていくその光景を、俺はまるでテレビでも見ているかのような気分だった。
二人が見えなくなってから俺は痛む足を引きずって部屋に帰り、リビングのソファに座ってぼけっと天井を見ていた。
真っ赤になって高見沢の肩に顔を埋める羽曳野は…、なんていうか、ほんとにかわいくて。それを抱き上げて歩く高見沢は、本当に王子様のようだった。お似合い、とはああいうことを言うのだろう。
…俺とは、ちがう。
二人を思いだしていると、部屋の扉が開いて高見沢が帰ってきた。
「あ…、お、おか、おかえり、」
「ただいま。…なに泣きそうな顔してんの?」
高見沢に指摘されて初めて気がつく。え?俺、泣きそうなの?
「いやん、ダーリンが最近あんまり構ってくれないから?」
「棒読みかよ」
慌ててごまかすかのように冗談を言うと、高見沢は笑いながら俺の座るソファの隣に座った。
「なんか久しぶりだな、お前とこうやってゆっくり会話すんの」
「や、しょうがないじゃん。お前、ずっと羽曳野とばっかいたし。」
まあな、とソファにもたれてちょっと照れたように笑う高見沢に、何故だか胸がずきずきと痛い。
「さ、さっきのお姫様だっこも様になってたぜー。なに、もしかしてたかみん羽曳野に惚れちゃった?」
「惚れてる…とかじゃない、とは思うけど…、まあ、ほっとけないんだよな。なんか、気になるっつの?」
そう言ってはにかんでこちらを見て笑う高見沢の顔は、俺が知る高見沢じゃなかった。
「わり、俺、宿題するわ〜」
「おう。…って、あれ?お前も足痛めたのか?」
「あ、うん。大したことないよ」
いてもたってもいられなくなって立ち上がり、自室に戻ろうとすると足を引きずる俺に高見沢が気付いたらしい。
「お前もお姫様だっこして連れてってやろうか?」
「…ばぁか。」
にやついてそう言った高見沢のセリフに、何故だかひどく泣きたくなった。
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