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目の前に来た四天王寺は、無言で小脇のスケッチブックを手に取り、パラリとめくった。
「さあ、選べ」
「…!?」
開いたページを向けられた晴彦は、そこに書かれている文字に目を見開いた。
『挨拶をする?
→「おはよう」
「話しかけんな」』
そこに書かれていたのは、先ほど千里が晴彦に向けたものと同じ。内容は違えど、まるでシミュレーションゲームのような一文。
「なんの真似だ」
「貴様は現実世界での対人間のやり取りはくそくらえだと言っただろう。だから、作ってきたんだ。さあ、選べ。選んだ選択肢に相応しいシナリオ通りの答えも用意してある」
バカにするな、と怒鳴りかけて、自分を見つめる四天王寺の目を見てその真剣な顔に困惑する。
二週間前、確かに自分は『ゲームの世界さえあればいい』と言った。
だが、四天王寺はそんな自分を見下して嫌悪して出て行ったはずだ。なのに、なぜ。
そんな真剣な顔でそんな事をしてくるのか。
「なん、で…」
「…貴様が、現実がイヤだというのならこの現実をゲームの世界にしてやる。おまえが言うように、決められた選択肢、決められた答えで相手をしてやる」
なんで、なんでなんで。
晴彦の頭はすっかり混乱して、正しい答えが導き出せない。一体なんだというのか。そんなことをして、四天王寺になんの得があるというのか。
「ゲームのキャラの代わりなどごめんだとか言ってたんじゃないのか」
「ああ、そうだ。誰かの代わりにされるだなんて真っ平だ。だから、これは貴様の大好きなあのゲームじゃない。俺、四天王寺那岐が主役のゲームだ。」
どくどくと心臓が早鐘を打つ。四天王寺のまっすぐな目から逃れられない。
これ以上聞いてはいけない。この先は、きっと自分をだめにしてしまう。
助けを求めるかのように、隣にいるはずの千里に顔を向けるといつの間にか千里は姿を消していた。
「俺を見ろ、野原晴彦」
有無を言わさない圧力で声をかけられ、思わずそちらに顔を向ける。見なければいいのに。どうして自分は四天王寺の言葉にこうして従ってしまうのか。
「どう…して…、おまえは、俺を、俺の事を、」
「…言っただろう。お前を、野原晴彦を欲していたのはこの俺だ。初めはただの支配欲かと思っていた。誰にもなびくことのない、いつも自分の牙城を崩さない貴様の強固な壁を崩したくて仕方がなかった。貴様を脅して手に入れて、好き放題することでその欲が満たされたかと思ったが…違ったようだ」
震える晴彦の頬に、そっと指を添える。四天王寺の目は、いつものように高圧的で、だが、その奥底に目を背けていた光をたたえている。
「お前が、ぬるい世界が望みだと言うならその世界をここで作り出してやる。お前が望むならゲームの世界の住人になってやってもいい。
…そう思えるぐらい、俺はお前を愛しているらしい。」
四天王寺の言葉が、晴彦のひび割れた心に沁み込んだ。
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