俺様腐男子は愛を知る
ふと目を開けると、天井に見慣れたポスターが目に入る。いつもなら真っ先に挨拶するそのポスターの彼から、無意識に目をそらした。
立ち上がって部屋を出て、いつものように朝の支度をして、学校へと向かう。いつもと同じ、変わりのない朝。
四天王寺と会わなくなって、二週間が過ぎようとしていた。
「晴彦」
教室に向かう途中に、後ろから肩をポンとたたかれ振り向くと千里がにこにこと笑顔で立っていた。そういえば、四天王寺と会わなくなってから千里と会った記憶がない。
『しばらく晴彦んとこ行けない(;_;)寂しくても泣かないでねん』などと気持ちの悪いメールが来ていたな、とふと思った。
…一体どうしたというのだろうか。大事な友人である千里のはずが、メールが来ていたことも会っていなかったことさえも意識にないだなんて。
「なあ、晴彦。ちょっとだけいい?ついてきてくんないかな〜」
「ああ、かまわないが」
どこへ、と聞こうとする晴彦の腕をがしりと掴むと、千里はぐいぐいと晴彦を引っ張って歩き出した。連れて行かれた先は、千里と晴彦がいつも昼ご飯を食べている、恋人たちの絶好のいちゃつきスポットと言われる中庭だった。
「どうした?」
「あのさ、晴彦。二週間前に俺が言ったこと、覚えてる?」
手を離して、晴彦と向かい合う形で話しはじめる千里に思わず眉を寄せる。なんだこれは、まるで告白でもされるような感じだな。千里が自分に告白などあり得ないが、自分たちの今の状況になんだか笑える。
「何か言ったか?」
「言ったよ。晴彦がさ、俺の為じゃないって泣き崩れた時。」
「忘れろ」
あれは完全に失態だ。千里の前であんなことを言うつもりも、そんな風に自分をさらけ出すつもりもなかった晴彦は千里の前で自分が犯した愚行に顔を背ける。
「忘れないよ。だって晴彦の泣き顔なんて超レアじゃん!かわいかったな〜!」
「貴様…」
「そんでさ、その時に俺言ったよね。俺の為じゃなくても、俺が幸せになったのは事実。だから、今度は晴彦自身が俺の為に幸せになってって。」
にこにこと目の前で笑う千里に真意が全く見えない。一体なんだと言うのだろうか。
幸せに、か。
それはできない相談だ、と晴彦は思う。自分の幸せは、あの時に消えたのだ。もう二度と帰ってこないあの人が、自分の心をすべて持って行ってしまった。
果たされない約束にいつまでもしがみつくなと人は言うかもしれない。それでも、晴彦はゲームという中に自分の想い人を作り出してしまった。完璧な、自分の理想通りに動いてくれる愛しい人。
性格も、口調も、容姿からなにからなにまで琢磨に生き写しの京也様を想うことで抜け落ちた心を満たした。
そう。幸せは、画面の中にいつもある。それ以外の幸せなど、手に入るはずもない。
俯いて唇をかみしめる晴彦を、そっと千里が抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫だよ、晴彦。お前は、幸せになれる。きっと、きっとだ。」
何を、と思うと同時に抱きしめて晴彦の視界を塞いでいた千里が体を離し、ごそごそと何かポケットを探ったかと思うと一枚の紙を取り出した。
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