晴彦の過去
朝、目覚めてすぐに目の前にあるニヒルな笑顔を浮かべる愛しの彼に挨拶をする。起き上がって支度をして、コーヒーを入れたところであまり食欲がない事に気が付いた。少しは食べないと体がもたないな、と側にあった小さなクッキーをつまんでかじる。
『甘いものは好きか』
聞こえるはずのない幻聴が耳に響き、晴彦は緩く頭を振った。
身支度を整えて、玄関を出る前に部屋の中に向かって声をかける。
「…いってきます」
『ああ、気を付けてな、子猫ちゃん。悪いオオカミに掴まんなよ?』
頭の中でいつも再生していた言葉は、違う誰かの声になっていた。
登校して、自分の席に座り、本を読んだり同級生とたわいのない会話をしたり。いつもと同じ。そう、今まで寸分も狂いなく繰り返されてきた平穏な毎日。
今日は千里は高見沢と食べるようで晴彦は一人いつもの隠れ場所である中庭に来て軽めの昼食を済ませて横になっていた。そう、これもいつもと同じ。
そこに、イレギュラーが生じていただけ。プログラムにバグが生じていただけなのだ。もう自分のプログラムが狂わされることはないだろう。バグの原因は昨日完全に排除したのだから。
なのに、どうして。
こんなにもいつも胸躍らせて再生されていた彼の姿は、違う男に変換されてしまうのだろう。
もう、何も考えたくない。
このまましばらく、眠っていたい。
晴彦の心は疲れ切っていた。目を閉じて、すぐに闇に落ちた。
そこで晴彦は、ひどく懐かしい夢を見る。
[ 69/81 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
top