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「何…?」
「…知ってるってば。晴彦は、何も言わない。何があったって聞いても、どうしたって聞いても絶対に言わない。でも、わかる。ってか、わかった。晴彦、隠してるけどたまに辛そうに腰さすったりしてる。伊達に腐男子やってないんだよ。
でもな、あんたも知ってる通り、晴彦は絶対に自分からたとえ脅されても誰かを盾に取られたとしても自分を安売りしたり庇った相手の為だなんて余計にばれた時に相手を苦しめる結果になるようなことはしない。そんな晴彦が身を許す相手は、少なからず晴彦が心を許した相手だけだ。そんで、俺の知る限り…それはあんたしかいないよ」
千里の言葉に四天王寺は何も返せない。言われたことを幾度も幾度も繰り返して、その意味を理解しようとするのに必死だ。
晴彦は、脅されたり誰かを盾に取られても自分を差し出すことはない?何を言ってるんだ、この男は?
現に晴彦は、この男のために自ら俺に抱かれていたんじゃないか。
…だが、果たして本当にそうなのか?
四天王寺は、この一年よく耳にした晴彦の噂と己の目で見てきた晴彦をずっとずっと思い返していた。
自分が何を言おうと、どれだけからかおうと歯牙にもかけなかった晴彦。それが、千里の名を出した時にだけ自ら近づいてきたというのに。…よくよく考えれば、果たしてそれが正解なのか。
答えは晴彦にしかわからない。だが、今この男に言われて四天王寺も同じく一つだけ確信できる事がある。
千里の言うとおりだ。
もし万が一にでも『千里の為に抱かれた』と言うことがばれた場合、千里は自分のせいでと自分を責めることになるだろう。それを、晴彦がよしとするか。
しないだろう。
そうなるぐらいなら、自分のせいで余計に大事な人を追い詰めてしまうくらいなら、晴彦はどうするか。
恐らく全力で、自分と自分の大事なものに害をなすものを排除しにかかるだろう。
では。ではなぜ、晴彦は自分に抱かれた?
「そんであんたも…。俺が知る限り、よくセフレと遊んでるあんたは、本気の告白をしてきた子を受け入れることは絶対にないよな?でも、遊びと割り切れる子にだけは手を出す。…その際に、絶対にやらない事がひとつ。あんたは同じ相手とは続けて寝ることはない。だけど、晴彦だけは違った。そうだよな?」
「…悪いが用を思いだした」
千里の問いかけに答えようとはせずに、四天王寺が踵を返す。それを千里がとがめることはない。
きっと、答えを探しに行った。その答えの先は、きっと。
「…ガンバレ、晴彦。ガンバレ、会長。」
小さくつぶやいて、天に祈る気持ちで二人を思う。
どうか、どうか。
四天王寺は足早に廊下を歩く。もう薄暗くなりかけている寮の廊下は誰一人姿を現すことはない。
こんなにもこの廊下は長かっただろうか。一歩一歩がまるで進行を拒まれているかのように遥かに重く遠く感じる。
ようやくたどり着いた一室の扉は、重厚な生徒会室の扉よりもはるかに重く感じられた。ポケットからカードを取り出し、ロックを解除する。
生徒会長に許された権限の一つ。マスターキー。
開けられない部屋はないそのカギで、四天王寺は初めてこの部屋へ訪れた。
がちゃり、とゆっくり扉を開けると、部屋の中は電気が消えているのか真っ暗だった。だが、申し訳程度に豆電球が付けられており、進むには問題ない。
足を踏み入れ、リビングに向かうとリビングの隣の隣接している部屋の扉に手を掛ける。
ノックもせずに扉を開け、ベッド横のスタンドライトに照らされた薄暗い部屋を見て四天王寺は目を見開いた。
「…なんだこれは」
壁一面に、同じアニメのキャラのポスター。机の上に置かれたそのキャラであろうフィギュア。机の横にある棚に並べられている一冊の本を手に取り、ぱらぱらとめくる。
『俺様に愛を叫べ』
…初めて四天王寺が晴彦をからかった時に奪った本と同種類の本だ。
「ぅ…ん、」
そのまま本を読んでいると、部屋の主がベッドの上で小さく声を上げて軽く伸びをして目を開けた。
「…し、てん、のうじ…?…っ!?なに、」
ぼんやりと目の前で本を読んでいる人物の名を口にして、それが誰かがわかると一気に覚醒してベッドから飛び上がる。
「よう。お目覚めか、野原。…てめえにゃ2,3聞きたいことがある」
パタン、と呼んでいた本を閉じて見せつける様に掲げた四天王寺の目は、何を思っているのか読み取れなかった。
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