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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




3

「…お前の、ためじゃない…」
「うん」

ぽつり、とともすれば聞き落してしまいそうなほどに小さな声でもれたその声は、いつもの晴彦の物とは全然違った。それでも千里は表情を崩すことなく、聞き漏らすまいと、晴彦の心を落とすまいとまっすぐに晴彦を見つめる。

「お前は、本当にまっすぐで、純粋で…あんな最低な男に一途で、どんな時でもあいつのことばかり…!そんなお前が、お前を見てるのが嫌だった…!

まっすぐに一人の人の事だけを焦がれ続けるお前は、昔の俺だったから…!」

まるで引き絞るように吐き出された言葉と同時に、晴彦の目からぼろりと涙が零れ落ちる。

「同じだったんだ。相手の事だけ。相手の為だけ。自分がどうなろうと構わない。相手が幸せならばそれでいい。お前を見ていて、たまらなく辛くなった。お前は俺じゃない、だけど、どうしても耐えられなかった。俺が言ったのは本当だ。俺はお前のために高見沢とお前の仲がうまくいくようにしたんじゃない。俺のためにお前を幸せにしたかったんだ。」

過去の自分と同じ思いをさせたくなかった。自分の様に辛い思いに囚われて欲しくなかった。春の日の様な千里の笑顔を曇らせたくはなかった。
自分が幸せになれなかった分、同じ千里にだけは幸せに。

千里にだけは、同じ思いをしてほしくなかった。

「同じだよ、晴彦」

壊れたように泣き崩れる晴彦をそっと抱きしめ、千里が優しく背中を撫でる。
ひ、ひ、と子供の様にしゃくりあげる晴彦は、いつもの姿などみじんもない。

「俺が幸せになれたのがお前の為でも、それで幸せになれたのは事実だ。だから…」

今度は、俺の為に幸せになって。

その言葉は口には出さず、千里は晴彦が疲れて眠ってしまうまでずっとその細くなった体を抱きしめ続けた。

眠る晴彦の髪を、優しく撫でつける。あんな晴彦は、初めて見た。千里の知る晴彦は、いつだって余裕で飄々としてて、誰に何を言われようとも自分というものを崩すことはなかった。

泣きながら、千里の胸の中で晴彦が吐き出した言葉。千里への思いとは別に、もう一つ。千里はそちらこそが今晴彦がこうして崩れ落ちた原因であることを知って唇を噛みしめた。

『そんなつもりじゃなかった』
『あの人とは違うのに』
『何も考えることなく進む関係のままでよかったのに』
『思いだしたくない…あの頃の自分を思い出したくないんだ』
『なのに、あいつはそれを許してくれなかった』

まるでつながらない、およそ晴彦らしくない言葉の羅列をただただ走らせる。傍から聞いていれば何の事だかさっぱりわからない。けれど、千里はその一つ一つすべてに黙って相槌を打った。

『俺は人形でよかったんだ…!』

千里を見ているわけでもない。だけど、その悲痛な叫びは晴彦が全力で助けを求める叫びだった。

晴彦の心に巣食うもの。それは、ひどく根が深くまるで蜘蛛の糸のように晴彦を捕えて離さない。
そして、ここまで晴彦を追い詰めた人物に千里は怒りをあらわに拳を握る。

眠る晴彦の頭をそっと撫で、起こさない様に部屋を出る。

「…待ってろ、晴彦。」

そんな闇など、弾き飛ばしてくれるであろう、いや、それができる唯一の相手。

千里は扉を閉め、四天王寺の元へと向かった。

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