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2

「晴彦!」

放課後、廊下を歩いていると後ろから駆けてきた千里に声をかけられた。いつものようになんだ、と返事をしてまた前を向いて歩き出せば、がしりとその腕を掴まれた。

「…どうした」
「どうしたじゃないよ!ちょっとこい!」

晴彦の返事を聞かずに、腕を引いたまま歩き出す千里に引きずられるようにしてついて行く。
参ったな。
ここ連日の四天王寺からの乱暴な性行に体が若干悲鳴を上げていた晴彦は、引かれて歩くのにも結構な苦痛が伴っていた。表情には出さないようにしていたのに、ふと千里の腕を引く力が緩まりさらに歩幅も晴彦に合わせるほどにゆっくりとなったのに気が付いて思わず床を見ていた目線を千里に向ける。千里は、晴彦を泣きそうになって見ていた。

…どうして。どうして、そんな顔をするんだ。
何も話してもいないのに、どうして俺をいたわるような歩き方をするんだ。

何も言えないまま、千里に引かれるままについて行く。そこは晴彦の部屋だった。

「おい、」

同じ腐仲間である千里には、部屋の合鍵を渡してある。滅多に使われることはないが、自分が用事で部屋に帰れない時のためにと渡していたものだ。
部屋を開けると、千里は晴彦をベッドに座らせてその目の前に腕を組んで仁王立ちになった。

「…晴彦。いい加減にしろよ。」
「なにがだ」
「俺、言ったよな?何かあったら、絶対に言えって。なんで何も言わない?なんで助けを求めない?俺はそんなに頼りないかよ!」

怒鳴られて、晴彦は驚いた。いつもへらへらとしている千里が、自分に対して怒鳴ったのだ。それでも、晴彦は全く表情を変えずに眼鏡を指で少し上げてため息をついた。

「…何もないと言ってるだろう。お前、母親か。干渉しすぎだ」
「何も無い奴がそんな顔するか!」

いつものように少し小ばかにしたように答えるも、それを千里は流すことなく逆に晴彦がごまかしているのではないかと怒る。その怒っているのに泣きそうな顔に、晴彦は心がひどく波たつのを必死にこらえる。

「…なにも、ない。」
「晴彦!」

それでもかたくなに心のうちを閉ざす晴彦に、千里が懇願するように呼びかける。

「おれ、俺、晴彦にはほんとに感謝してんだよ。俺がだめになりそうなとき、いつだって支えてくれたのはお前だった。お前がいなけりゃ、今の俺はいないんだよ。お前のおかげで…っ」
「…おまえのためなんかじゃない。」

千里が泣きそうに訴える言葉を、見た事も無いほど無表情に返事をした晴彦に千里が言葉を止める。

「お前にああして世話を焼いたのは、見てられなかったからだ。ばかみたいに相手の為なんて偽善者ぶってわざわざ貧乏くじを引くお前があほらしかったからだ。いいネタにもなりそうだったしな。別にお前の為を思ってやったわけじゃない。」
「うそだ」

まるで今までの関係を壊してもいいとでもいうような突き放す物言いに、千里は迷うことなくまっすぐに否定をしてきた。それに晴彦の心のどこかが、ぴしりとひび割れるような音がする。

やめろ。やめてくれ。
ガタガタと小刻みに震えそうになる手を、ばれない様に背中を伸ばして千里を睨みつける。

「うそじゃない。俺の性格はお前が一番知ってるだろう」
「ああ、知ってる。だから、嘘じゃないってのもわかる。俺が言ってる嘘の部分は、最後だよ。『いいネタにもなりそうだったしな』ってとこ。お前は、確かに俺のためにと思ってやったわけじゃないよ。そんな見返りを求めるようなことはしない。でも、ネタになりそうだからなんていうこともしない。俺を突き放すために言ってるんだと思うけど、そんないかにもわざと傷つけるようなベタな言い方、晴彦らしくないな。余裕ない?」
「なっ…、」
「晴彦」

立って晴彦を見下ろしていた千里が、目の前にしゃがみ込んでそっと晴彦の手を握る。じっと自分を見つめるその目は、まっすぐに晴彦を射抜く。

…千里。お前は、いつもそうだ。まっすぐで、ばかで、人の事を疑うってことを知らない。
だから、俺は。

ぴきん、とまた晴彦の心にひびが入る音がする。握られた手が、熱い。人の手って、こんなにも熱い物だっただろうか。

「…言ったろ。お前が俺の幸せを望んでくれたように、俺だってお前の幸せを望んでる。それが例え晴彦自身の為だったとしても、俺が幸せになれたのには変わりない。全部全部、晴彦のおかげだよ。」

ぎゅっと手を握ってにこりと笑う千里の顔を見た瞬間、ぱきん!と心の奥で大きくひびが入った音がした。

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