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結局その日、四天王寺は晴彦を抱くことはなかった。テレビを見ながら、どの番組をいつ見ているのか、どんな芸能人が好きなのかなどを訊ねてくる。特にどれも興味がない、と答えると今度はテレビを消して音楽をかけ始めた。その時も、テレビをつけた時と同じくなんだかんだと尋ねてくる。どんな音楽が好きなのか。何をいつも聞いているのか。好きなアーティストは。
夜がすっかり更けてから、部屋に帰る晴彦を四天王寺が扉まで見送る。
「じゃあまたな」
口元にイヤラシイ笑みを浮かべてから、四天王寺はこの日初めてのキスをした。しっかりとは合わされどいつものようにそのままディープにはならず、晴彦の髪を優しくといて離れた。そして、晴彦が廊下を歩いてエレベーターに乗り込むまで晴彦をじっと見ていた。
それが何だかいたたれなくて、晴彦は四天王寺から逃げるかのように視線を逸らして俯き、エレベーターの扉が開くまで決してその顔を上げようとはしなかった。
その次の日も、四天王寺は全く同じことをした。自分をいきなり呼びつけ、そのままベッドになだれ込むのかと思いきや晴彦の手を引きテーブルの席につかせる。
またリビングの上にならんだ食事に怪訝な顔をしたが、当の四天王寺は全く表情を変えないままに昨日と同じく晴彦の向かいに座る。
昨日と全く並んでいる料理が違う。そこには晴彦が好んで口にしていた食材を使ったものが多く並べられていた。
そして、食事が終わると何と今度は一緒に風呂に入れと指示された。一瞬驚いて目を見開いたが、まあこれもお好みのプレイの一環かと無言で従えばそこで晴彦は抱かれるよりも辛い目に遭った。
「どこから洗うんだ」
「は…?」
「だから貴様はいつもどこから洗うんだと聞いたんだ」
全く意味が分からなくてはてなを頭に飛ばしながらも左腕から…と小さく答えると、今度はどこからかスポンジとタオルを持ってきた。
「どっちを使っているんだ」
「はあ?」
「だから、体を洗うときはどっちを使っているんだと聞いているんだ」
そんな感じで、今度は風呂に入ってから何をどうするか自分のやり方を逐一聞かれ、ペニスを洗うときはどうやって洗うのかまで聞かれた時に初めて羞恥に顔をかっと赤くした晴彦を見て四天王寺はいつものいやらしい傲慢な笑みを口元に浮かべて晴彦の顎を上げた。
「恥ずかしいか?」
「…っ、」
「くく、貴様のそんな顔を見るのは初めてだ」
気分がいい、と貪るように口づけ、離したかと思うとじっと見つめられる。
「…あの野郎は、どこまで知ってる?」
「え…?」
「貴様がいつもつるんでいるあいつだ。あいつは貴様のどこまでを知っている?」
千里の事かと気付いた時にはますます晴彦は訳がわからなくなっていた。千里が自分のことをどこまで知っているかだって?
そんなの、決まっている。
「全て、かな」
「…そうかよ」
知られて困ること以外は、という言葉は飲み込んだ。
「いっ…!」
途端にいかにも不機嫌であるという表情をしたかと思うと四天王寺は突然晴彦の鎖骨のあたりにかみついた。痛みに体を引くもしっかりと抱きかかえられ逃げられない。
「…あ」
「だが、これは知ることはないだろうな」
くっきりとついた歯形に満足げに晴彦を見下すように口角をあげると、じわりと滲んだ血をべろりと舐めた。
痛みよりも鎖骨という敏感な箇所に舌を這わされ、晴彦が小さく声を漏らして体をよじる。それを四天王寺は逃がすまいと腕に力を込め、繰り返される傷口への愛撫にゆるりと反応した晴彦自身を逆手になで上げる。
「あ、…っ、」
「これも、知ることはないだろうな。貴様が与えられる快感にこんなにもかわいらしく反応するなど」
「…っるさ…っ、」
「いいから大人しく感じてろ」
喘ぎながらも悪態をつく晴彦を黙らせるために四天王寺は手淫をますます激しくし、晴彦の口からはもう喘ぎ声しか出ることはなかった。
その日、部屋に戻ると、晴彦は掛けていた眼鏡を外してリビングのソファに倒れ込むように腰かけ、眉間の間を強くつまんだ。
四天王寺との時間がこんなにも疲れたことは初めてだ。
一体、あいつは何がしたかったんだ。
風呂場で突然始まった行為に身を預けていたのに、四天王寺は最後まではしなかった。しはしなかったのだが、ある意味抱かれるよりもつらい思いをした。
『あ、あ…、やめ、』
『そのままイくんだ』
『いや、あ、…あっ、あ…!――――〜…っ!』
傷口をなめていた顔を晴彦の目の前に上げ、ペニスを愛撫する手とは反対の手で晴彦の顎をもち固定して感じている顔をじっと見つめられたのだ。
振りほどこうにも体全体を四天王寺の体で逃げられないように壁に押しつけられ、顔をしっかりと固定され、晴彦は四天王寺にじっと間近で見つめられたまま強制的に絶頂を迎えさせられた。
融けた顔を間近で見られ、思わず目を伏せると目じりにキスを落とされた。そして晴彦の息の整うのを待って押さえつけていた体を離し、手を引いて湯船に入った。後ろから抱きこまれるような体制を取らされ、晴彦が嫌がって体を捩る。
『おい…!』
『大人しくしてろ』
腹に腕を回され、ぎゅうと抱きつかれてはなすすべなく大人しくその身を預けるしかなかった。その間中、自分の腰のあたりに屹立した四天王寺自身を感じ、ほんの一瞬その処理はいいのかと思ってしまった自分にいらだった。
抱かずに自分だけをイかせ、その後風呂から出た後も手を出しては来なかった。リビングのソファに座り、テレビを見ながら自分の事を尋ねてくる。そしてまた同じように晴彦がエレベーターに乗り込むまでただじっと見送っていた。
「全く意味が分からない」
妙に疲れた体を起こしてソファから立ち上がり、いつものようにパソコンの電源を入れる。画面いっぱいに現れた京也様を見て何故か晴彦はプレイをする気になれずそのまますぐに電源を落としてベッドに潜り込んだ。
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