3
いつものように登校し、日課となっている晴彦の元へと向かうと教室の中を覗いて歩みを止めた。
晴彦の机に向かい合うようにして前の席に座る男。
「…安田千里…」
思わずばれないように体を半身にして扉に隠れる。晴彦は相変わらず本を読みながら涼しい顔をしているが、ふと疲れたようにため息をついた。
無意識に腰の辺りを手でさすっている。昨日の行為の弊害がでているのだろう。
そんな晴彦をみて、四天王寺は気分が高揚した。あの涼しい顔を変えてやったのは自分なのだという優越感。だが、次の瞬間、千里がなにやら晴彦に声をかけると、晴彦は一言二言言葉を返した。それに千里がわざとらしく机に突っ伏す。そして
―――そんな千里を見て、晴彦が微笑んだ。
千里ががばりと顔を起こすと同時に、その顔から笑みを消しまたいつもの飄々とした顔をしていたが、四天王寺の目には先ほどの晴彦の顔がしっかりと焼き付いた。
くるりときびすを返し、元来た道を戻る。道すがら通り過ぎる生徒たちが自分を見て驚いたような顔をしていたが、四天王寺にはそんな周りのことなど目にも入らなかった。
それほどに、自身がどんな表情をしているのかさえも気づかない。ただ、先ほど見た千里へ向ける晴彦の笑顔が頭から離れなかった。
その日一日は何やっても上手くいかなかった。いや、仕事は問題なくこなしている。ただ、自分でも説明のしようのない焦りがずっと胸に渦巻いていた。
「ちっ…!」
書きあがった書類を乱暴につかみ、立ち上がる。苛々としながら生徒会室を出ると、もう誰もいない放課後の廊下を四天王寺はずんずんと歩いた。
この苛立ちは晴彦のせいだ。そうに違いない。…あいつを、今日もとことん泣かせてやらなければ気が済まない。
乱暴にポケットに手を突っ込んで携帯を取り出し、メールを打とうとした所でふと影がさし自分の目の前に人が立っている事に気が付いた。
顔を上げた先にいたのは、
「…四天王寺会長。お話があります」
安田千里だった。
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