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羽曳野と別れた後、高見沢は晴彦の元へと向かった。晴彦の前まで来るとその姿を目にした晴彦が嫌悪感を隠そうともせずに高見沢を睨みつける。
「…たのむ、話がしたい。ついてきてくれないか」
晴彦の睨みにも目をそらさずに真剣なまなざしで頭を下げる高見沢に、晴彦は無言でその腰を上げた。お互い何も発することなく、誰もいない校舎裏へと足を進める。
「何の用だ」
口火を切ったのは晴彦だった。早く言えとばかりに睨みつける晴彦に、高見沢は向かい合うと突然地面に膝をついた。
「頼む。頼みます。安田に…安田に会わせてください。」
制服が汚れるのも構わずにその場で晴彦に向かって土下座をする高見沢に、晴彦は驚いて目を見開いた。だがすぐにその目を細め、眉を寄せて舌打ちをする。
「断る。言ったはずだ、てめえには絶対に会わせねえってな。」
「…お願いします。ちゃんと…、ちゃんと、会って謝りたい。お前の言うとおりだ。俺は、卑怯者だ。自分の気持ちに気付かないふりをして散々安田を傷つけた。お前に怒鳴られて、安田に会えなくなって、やっと気づいた。安田が好きだ。好きなんだ。誰にも・・・誰にも渡したくない。頼む。お願いします。」
晴彦の拒絶にもめげず、下がらず。
一歩も引くことなく『会わせてくれ』『断る』の押し問答を繰り返す。一度も頭を上げることなく、30分ほど高見沢の土下座が続いた。
「おねがい…します」
もう何回目、いや、何十回目かになろうか。高見沢が少し枯れた声で懇願すると、晴彦はしばらく無言になり大きなため息をついた。
「…千里が熱を出して倒れた初日の事だ。」
ぽつり、とつぶやくように話し出す晴彦に、高見沢は何の事かと恐る恐る顔を上げた。晴彦は顔を逸らしたまま、その眉間にひどく辛そうに皺を寄せている。
「俺が、何か欲しい物はないかと聞いたんだ。そしたら、あいつは何て言ったと思う?」
逸らしていた顔を少し高見沢に向ける。その顔が、ひどく辛そうに見えた。
千里が、何と言ったのか、だって?
熱で苦しいとき…。冷たい食べ物だろうか、と一瞬考える。だが、そうだとしたら晴彦がなぜ今そんな話をしだしたのかわからない。問われたことの答えに全く見当のつかない高見沢はそのままじっと晴彦の言葉を待つ。
「…おまえ、だとよ。
―――――千里は、『高見沢が欲しい』と、そう言ったんだ。」
どくり、と心臓が歓喜の悲鳴を上げる。同時に、高見沢の目にじわじわと涙が浮かぶ。
それは、あまりにも強烈な一言。晴彦の口から放たれたその言葉は、高見沢の心を貫いた。
「…、安田…!」
ぼろぼろと、高見沢の目から涙が一気に溢れ出す。
会いたい。抱きしめたい。
想いが洪水の様に溢れ、決壊したかのように涙が止まらない。
「いいか。俺はお前の事は、大っ嫌いだ。だが、千里の事は大事なんだ。その大事な千里が、あれだけ傷つけられてもお前を望むんだ。なら、俺は千里が幸せになる道を選びたい。…高見沢。」
ふいに名を呼ばれ、涙を拭わず顔を上げる。
「貴様にチャンスをやる。いいか、今度こそ間違えるな。」
晴彦の言葉に、高見沢は力強く頷いた。
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