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6

鏡の前でネクタイを締めながら、まるで決闘場へ赴く戦士の気分だなと思った。
でも、不思議と気持ちは落ち着いている。

よし、と制服の襟を正して扉を開けると、晴彦が待っていてくれた。
二人で無言で歩き、校舎に入る。
自分の教室に近づく度にざわざわと周りから囁きが聞こえる。あの事件で俺みたいな平凡が一気に有名人になったらしい。やだわ、視線が痛いわ。

俺の教室は晴彦の教室の先にある。自分の教室に行く前に必然的にそこを通ることになるので近づくにつれ心臓が速くなった。


晴彦の教室の前にいる人物を見てさらに心臓が跳ねる。相手も俺に気付いたのか、こちらを見て大きな目をさらに大きくしている。

落ちちゃうよ、羽曳野くん。

「千里」

視線を逸らせずにいると、後ろから声をかけられた。振り向くと晴彦が俺の頭をポン、と叩く。

「大丈夫だ。」

ふいにかけられた言葉にきょとんとしてしまった。何が、と聞く前に晴彦はするりと俺の頭から手を離して教室に入ってしまった。
なんのこっちゃ、と思いながらも自分の教室を目指すために前を向くと、そこにはもう羽曳野の姿はなかった。

廊下にいるクラスメイトが、俺を見て間抜け面をしている。かと思うとばつが悪そうに顔を逸らす。なんだ?悪口の一つでも言われるかと思ってたのに。別に俺からは用事がないし、と教室の扉に手を掛けて一瞬躊躇する。その手が、足が小刻みに震えていた。


―――――ええい、根性のない!


扉に掛ける手にぐっと力を籠め、勢いよく扉を開けた。途端に大注目を浴びて、いやん、どきどき。

無意識に高見沢を探すが、まだ登校していないのか姿はどこにもなかった。

ダーリン、焦らしプレイかしら。なんてバカなこと考えつつ自分の席に向かう。意外にきれいでびっくりした。なんだ。落書きだらけとか、めっちゃ汚れてるとか想像してたのに。

約1ヶ月振りに自分の席につく。そういや休む前に散々机ん中に色んなもん入ってたっけ。教科書しまう前に出さなきゃなー。1ヶ月も来なかったから、カオスな状態だったらどうしよう。

「あれ?」

恐る恐る中をのぞき込むと、何もなかった。思わず変な声を出して顔を上げてクラスメートたちを見ると、どいつもこいつも何だか気まずそうな顔してる。なんだそれ。
まあいいか。ともう一度確認の為に中を覗きこんで、一枚の紙切れが入っていることに気がついた。
つまんで引っ張り出して、どくんと一つ心臓が跳ねる。


…俺が、特別室で授業を受けている間にも、ずっと入れられていたメモ用紙だ。


二つ折りされているそれを恐る恐る広げる。



『一生一度の最上級の告白を、安田千里。お前に捧げる。』



「…!」

書かれている文字を読んで、全身に電流が走ったような感覚がしたと同時に、放送の合図が流れた。


ピンポンパンポーン。

『あ、あ〜、どうも、皆さんおはようございます。朝から放送ジャック、ごめんな。』

放送が始まると同時に、皆がスピーカーに向けて顔を上げる。そこから流れる声。それは、間違いなく。

『俺は高見沢春樹です。この学校の一年生だ。知ってる人も知らない人も、ちょっとだけ付き合ってほしい。

いきなりこんなとこでなんだけど…俺には、好きな人がいます。』

好きな人。

高見沢がそう言った途端に、この教室以外からきゃー、とか、うそー!とかざわめく声が聞こえる。俺は目ん玉丸くしちゃって、何言ってんだこいつ状態。そこで、ふと気づいた。外からはざわめきが聞こえるけど、この教室の奴らは全然騒がない。

なんで?どして?

不思議に思ってきょろきょろとして、ぎょっとした。クラスの奴らの視線が、全部俺に向いてんだもの!
え、なんで!?どして!?


『そいつは、俺の側にずっといたから、俺にとってはいるのが当たりまえで。特別に意識したことなんてなかったんだ。そいつといるとすごく楽しくて、気が楽で。いつだってリラックスして、作らない、飾らない自分でいることができた。よく言えば、親友。そうずっと思ってた。
…でも、そいつが俺以外のやつと仲良くしてるのを見るたび、何だか胸がずっともやもやして。俺も、違うやつとわざと仲良くしたりしてみた。そしたら、そいつはなんだかさみしそうにして。そんなそいつを見て、優越感に浸ってた。』

スピーカーから流れる言葉を聞く度に俺の心臓はハンパなくばくばく言う。足が震えて座っている椅子が音が鳴るんじゃないかっていうくらいだ。
机の中にあったメモをぎゅっと握りしめる。そこに高見沢がいるわけでもないのに、顔もスピーカーから離せない。

『あいつへの気持ちに気付いたのは…あいつが俺から離れてからだった。あいつは、俺の前から消えた。俺のせいで。俺が、自分の気持ちを自分から気付いて伝えようとしなかった卑怯者だったせいで。ものすごく辛かった。自分で自分をぶん殴りたかった。後悔だって、死ぬほどした。
…だから、決めたんだ。』

スピーカーの向こうが、沈黙する。さっきまで騒いでいた他のクラスの奴らも、じっと黙って続きを待っているようだ。
しん、と一瞬の静寂が何時間にも感じた。



『…自分のしたことが間違いだったなら、それで傷つけてしまったのなら。それを超えるほどの行動を示そうって。受け入れてくれるかどうかはわからない。許してくれるかもわからない。それでも、このままだなんてどうしても我慢できない。


――――――安田千里。どうか、窓の外を見てくれ。』



ぷつり、とスピーカーの電源が切られた。



今、高見沢は何と言ったのだろうか。誰の名を口にした?誰に、何を頼んだ?

混乱する頭のまま、ふらりと立ち上がり窓に近づく。クラスの奴らは俺に引き続き、同じように窓から校庭を見た。

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