自業自得
「失礼しました」
部屋移動の申請の紙を寮長の所に取りに来て退出した後、誰もいない廊下を歩く。必要事項を記入してからもう一度提出に来いと言われた。受け取った紙を見つめ、ため息をはく。その場で書かせてくれればいいのに、決まりだとか言われて追い返された。融通が聞かないなあ。
晴彦の部屋でお世話になるには一回自分の部屋に戻って多少なりの荷物を取ってこないと。今なら高見沢はいないだろうか。できることなら顔を合わせたくない。
「…安田」
だけど、そんな俺の願いもむなしく誰もいなかったはずの部屋に続く廊下に一番会いたくなかった高見沢がいた。
唇を噛んで、俯きながら高見沢に向かって近づいていく。目の前にきたときに俺はわざとにっこりと笑顔を浮かべて顔を上げた。
「なんか用?」
「…安田。本当に、お前が指示してたのか?羽曳野に、あの本を勧めてその通りにしろなんて、そんな…」
「お前が大嫌いな、人の心を弄ぶような真似、だろ?」
わざとバカにしたように言うと、高見沢はひどくわかりやすく顔をゆがめた。
「別にさあ、弄んだわけじゃないよ。羽曳野はお前が好きだったんだから、協力したって言ってくれないかな。実際お前は羽曳野の事を好きになったんだろ?誰か傷ついたっけ?」
肩をすくめて言いながら、俺は自分の言葉に自分が一番傷ついてるがな!なんて内心自嘲する。
「安田っ、俺はっ…!お前にだけは、そんなことしてほしくなかった!」
――――ざくり、と。
言葉のナイフが、胸に深く突き刺さった。
「…っ、」
ぎり、と奥歯をかみしめて無理矢理笑顔を作る。
「ごめんね、俺、お前の大嫌いな腐男子だから。萌えのためなら、何でもするんだよ。ま、さすがに今回は気まずいからさ、俺、お前の前から消えっから。」
「…!?どういう意味だ…!?」
「いいじゃん、お前の嫌いな腐男子が一人消えるってんだから喜べよ。じゃあな、羽曳野と仲良くな。」
「まっ…」
高見沢が俺を引き留めようと腕を上げるよりも素早く、俺は高見沢の横を駆け抜けた。
晴彦は俺が部屋に戻るなり何も言わずにあげてくれた。晴彦は実は主席の為、一人部屋だ。とにかく今は眠れ、とベッドに投げられた。
え、投げるとかひどくない?
文句を言うと何をされるかわからないので大人しく布団に潜る。
晴彦がいなくなった部屋で、俺は高見沢の事を思い出していた。
『お前にだけはしてほしくなかった』
高見沢の言葉が幾度も幾度も頭の中で再生され、そのたびに俺の心臓を鋭いナイフで切り裂いていく。
高見沢、ごめんな。お前はこんな俺を親友のように思ってくれてたんだな。それだけ、俺を信用してくれてたんだよな。
お前と友達として過ごした日はすごく楽しかった。お前と同室で、ほんとによかったと思ってたんだよ。
こんな最低な終わりでごめん。過去の古傷を抉ってごめん。
―――――好きになって、ごめん。
晴彦の大事な抱き枕に力一杯しがみついて、声を殺して泣いた。
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