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6

「し…、忍…?」


頬に触れ、じっと俺を見つめたまま何も言おうとしない忍に恐る恐る声をかける。どうしていいかわからなくて、そらしがちだった目を目の前の忍に向けて、その顔を見て俺の胸が大きく一つ跳ねた。

「…ごめんな」

泣きそうな笑みを浮かべながら、そえた指でそっと目元の涙の痕を拭う。

「…思いだしてやれなくて、ごめん。泣かせて、ごめん。あんたが好きになった俺じゃないなら、あんたの傍にいても仕方ないんじゃないかって、悲しませるだけじゃないかって思って…」
「…っ、!」

病室で吐いた言葉の事を言っているのだろうと気が付いた俺は頬を挟む忍の手を掴んで首を横に振る。

「そ、なこと、ない…っ!俺は、忍だから…っ!ど、どんな忍でも好きだから、だからっ…!」
「俺さ、」

必死に訴えようとする俺の言葉を遮り、その泣きそうだった目に柔らかな笑みを浮かべる。

ああ、その目は。その目は、いつも俺を見ていてくれた、あの…。

「…記憶がなくて、あんたが来るたびにそんな悲しい顔させてるのがひどく辛かった。悲しかった。そうさせてるのが自分だと思うと、情けなくて、悔しくて…。
俺、あんたにそんな顔してほしくない。あんたの泣き顔は、見たくない。ずっと、笑っててほしいと思う。…そんで、そうしてあげることができるのが俺なら…、すごく嬉しい。」


『ずっと、笑っててほしい』

その言葉は、まぎれもなく忍自身が言ってくれた言葉。


記憶がなくても、やっぱり忍は忍で。


俺は、ぼろぼろと大きな涙をこぼした。

「しの…っ、しのぶうう…っ!」

忘れられたのは、悲しい。それでも、忘れたはずの想いを感じてくれた。


病室で忍に拒絶された時、目の前が真っ暗になった。そんな中、ずっと頭に浮かぶのは優しく微笑む忍の顔だけで。もう二度と、あの笑顔を向けてくれることはないのだと。愛し合っていたことを思いだしてくれることはないのだと絶望した。
辺りが暗くなってしまうまで部屋のベッドで流れる涙をぬぐうこともせずにずっと、忍との出会いから今までを思い出していた。
そして、ふと気が付いた。

俺は、はじめ忍の事が気に入らなかった。この学園において、自分に靡かないものがいるだなんて信じられなくて、自分に冷たい態度をとる忍が憎らしかった。そして、思ったんだ。
『自分に何としても惚れさせてやろう』
と。
その為に、どれだけ冷たい態度を取られても俺は何度も忍に会いに行き、おざなりな態度を取られても話しかけていたじゃないか。
例え記憶がなくなったとしても、忍は忍だ。俺の愛したその人だ。

立ち上がり、懐中電灯を手に鳥小屋に向かう。

そう。ここで始まった。なら、また始めよう。
記憶がないなら、また一から始めればいい。


もう一度、俺に惚れさせてやろう。


勇気が欲しくて、原点である鳥小屋に向かった。忍なら、きっと大丈夫。また俺を、好きになってくれるはず。掃除をしながら、何度も何度も自分を励ました。



夜の鳥小屋ということも忘れ、俺はわんわんと泣き出してしまった。あまりにも騒がしいその物音に、眠っていたはずのインコたちが何匹か驚いて起きだし、小屋の中をぱたぱたと飛び回る。
まるで祝福されているようだと感じた。

飛び回っていたうちの一匹がふと俺の肩に止まる。そして、そのままずりずりとしたへと降りだし、胸ポケットから出ている紐を咥えて引っ張った。

「あっ…」

俺が声を出したことでそのインコは驚いてぱたぱたと飛び立つ。と同時に、胸のポケットからぽとりと落ちたそれ。


昼間に、思いだしてもらおうと病室に持っていったインコのストラップだった。


俺が拾うよりも先に、忍が体をかがめてそれを拾う。そして、自分の手のひらに乗せたままじっとそれを見つめて動かなくなった。



「…忍…?」

しばらくして、動かない忍を心配そうに声をかけると、忍は無言で手に乗せたストラップをすっと手を伸ばして俺の前に突き出した。怪訝な顔をしながら、恐る恐る手を伸ばす。


ストラップを受け取ろうと近づけた瞬間、


「…ン……!」


ぐい、と手を引かれて口づけられた。

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