5
忍はその夜、病室をふらりと抜け出した。なぜかふと、学園の鳥小屋に行きたくなったのだ。
記憶以外は問題がないから、退院はもうすぐだった。だが、なぜか今行かなければと思ったのだ。
病院からそっと抜け出し、学園に忍び込む。セキュリティが厳しい学園だが、仲が良かったクラスの不良がよく使う抜け穴を教えてくれていた。
わき目もふらず、まっすぐに鳥小屋を目指す。九時以降は寮から出てはいけない決まりになっているから、誰もいない。
…はずだった。
何やら小さな明かりが、鳥小屋の中でちらちらと動いている。そっと近づいて、その正体に忍ははっと息をのんだ。
暗闇の中、手にした小さな明かりを頼りに、伊集院が一生懸命に鳥小屋の掃除をしていたのだ。
ばれない様に、更に近づくと伊集院は何かつぶやきながら掃除をしているのが分かった。
耳に神経を集中させて、言葉を拾う。
「…だいじょ、ぶ。だいじょぶ、だ。忍は、きっと、…っ、、だい、じょ、うぶ…っ、きっと…っ、」
聞いているこちらが、心を裂かれてしまいそうなほど切ない声で。
祈るように、懇願するように。
「きっと、また、俺を、好きになって、くれる…っ」
きっと、大丈夫。今はあんなに冷たくても、あんなに嫌そうにしていても。また一から、きっと自分を好きになってくれるはず。
がしゃん。
鳥小屋の扉が開く音がして、無心に掃除をしていた伊集院はひどく驚いて振り返る。
「だれだ!」
手にした明かりを入り口に向け、叫んだところでそこに立つ人物に一瞬夢でも見ているのかと思った。
「しの、ぶ…?」
病院にいるはずじゃ、という言葉を口にする前に、ゆっくりと歩みをこちらに進めた忍に伊集院はただ困惑した。一体どうしたというのだろうか。こんな夜に、退院したとは思えない。
不思議に思いつつも動かずにいる伊集院の目の前に、忍が立つ。
そっとその頬に触れ、涙の痕を拭うともう片方の手で反対の頬を包み、両手で包んだ顔を自分の方へ向けた。
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