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2

「なに…言ってるんだ」
「は?何が?つか…なにしてんの。」

愕然としてぽつりとつぶやいた俺に心底不思議そうな顔をした忍は、わざとでも演技をしている風でもなさそうだった。そして、自分の手を握りしめている俺の手を見て怪訝な顔をした。

「なにこれ。しらない奴に手握られるとかいやなんだけど…離してくんない?」
「…!」

忍は、俺を、まるで他人のように見つめた。

初めての時よりも、もっともっと冷たい目。そして…、初めての時よりも、もっと冷たい態度。

「ふざ、けんな…!ふざけんな、忍!目を覚ましやがれ!」
「うわ!」
「伊集院様!」


記憶喪失。


医者は目が覚めてすぐの忍を再検査してそう言った。忍は、2年に上がってすぐからの記憶が丸々なくなっているらしい。一年の時の友人は覚えているが、同じクラスになった二年のクラスメイトなどは覚えていなかった。


そしてもちろん…俺の事も。


忍にひどく冷たく『知らない』と言われた俺は、そこが病室で忍が怪我人だということも忘れて飛び掛かった。胸ぐらをつかみ食って掛かる俺を無理やり引きはがしたのは隊長だった。その後、忍に向かってわめき散らす俺を羽交い絞めにしたままナースコールを押し、すぐに忍は診察室へと連れて行かれた。

診察を終えて、晴哉に連れられ病室に戻ってきた忍は俺を一目見て嫌そうな顔をした。先ほど食って掛かられたことで不信感を抱いたらしい。そんな顔を向けられて、俺は忍に自分から話しかけることなんてできなかった。

「ごめんね、伊集院さん…。兄ちゃん、目が覚めたばっかりでしかも自分が一年生だと思ってたもんだからすっかり混乱しちゃってるみたいで、今誰とも会いたくないって…。」

一目見ただけで俺と隊長を無視してベッドに潜り込んだ忍をちらりと見て、晴哉が俺たちを談話室に連れ出して申し訳なさそうに頭を下げた。一度病室に戻り、しばらくしてから談話室に戻ってきた晴哉の顔は明らかに曇っていた。

「晴哉君、本当に彼は伊集院様の事を…?」

談話室に戻った晴哉に、伊集院よりも先に隊長が声をかけた。それに晴哉はゆっくりと無言で頷く。隊長がひどく重たいため息をついて額を押さえて談話室のソファに座り込むと、晴哉は泣きそうな顔で俺を見つめた。

「…今日は、帰る。また…」

晴哉の頭を撫でて、そんな顔をするな、と声をかけて俺は寮に戻るために談話室を出た。エレベーターに向かう前に、一度だけ忍の病室を見つめる。
開かない扉は、俺を拒絶した忍の心そのもののように感じた。


寮に帰ると、心配する隊長に大丈夫だと一声だけかけて部屋に帰った。ベッドの上で、シーツにくるまり先ほどの忍を思い出す。

冷たい目、冷たい声。まるで知らない人のようだった。あんなに愛してくれていた、優しかったあの目があんな風に俺を見るなんて。
知らずのうちに体ががくがくと震えだす。それを無理やり抑え込む様に腕に爪を立て力を込めて縮こまる。


大丈夫。大丈夫だ。忍は、きっとすぐに俺を思い出す。それで、すぐに俺を申し訳なさそうな顔で抱きしめてくれる。
『昨日はごめんな崇、ちょっと混乱しちゃってたんだよ。ほんとにごめんな、怖かったろ。』
そう言って、とろけるくらいに甘やかしてくれるはずなんだ。

呪文のように『大丈夫』を繰り返しながら、一睡もできないままに朝を迎えた。

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