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「どうした、浮かねえ顔してるな」
「…え、あ…」
グラスを拭きながら、カウンターに肘をついてぼんやりしている俺に二見さんが話しかける。まるで今初めてその存在を認識したかのように俺は間抜けな返答をした。
「紫音ちゃん、元気か?克也から聞いた時は嘘だろうって思ったんだが、お前の様子を見るとマジなようだな」
「…うん…」
紫音ちゃんが事故にあって、見舞いに来ると言った二見さんを止めたのは克也だ。その時俺は紫音ちゃんの傍にいて、かわりに説明をしてくれたらしい。二見さんは、紫音ちゃんの状況をすぐに理解して症状がよくなるまでは会わないと言ってくれたのだ。だから、退院して落ち着いたらここに連れてこようと思っていた。
俺は今日病院から帰ってきてすぐにここに一人で来た。
なんだか、一人で部屋にいたくなかった。それに、今の自分の気持ちをもしかしたら二見さんに聞いてもらいたかったのかもしれない。グラスに少し残ったジュースをぐい、と飲み干して、俺は口を開いた。
「…紫音ちゃんは、元気ですよ。記憶がないけど、毎日顔見せに行く俺にすげえ懐いてくれて…」
「へえ、よかったじゃねえか。お前の事を信頼してんだなあ」
「…そう、なんですかね…。」
信頼。
そう。今の紫音ちゃんは、俺を信頼してくれてあんなに甘えてくれているんだろうと、そう思う。だけど、俺はそれがどうしても引っかかっていた。
確かに、俺にだけ甘えてくれる紫音ちゃんはかわいい。めちゃくちゃかわいい。だけど、困る。困るんだ。
何が困るって、
それが、嬉しいと思う自分に困っている。
紫音ちゃんは、初めから俺に甘えてくれていたわけではない。お付き合いする前は、俺の事を怖がっていたし本当の自分の姿だってひた隠しにしていた。色んなことがあって、晴れて恋人になれて嬉しかった。その思いで全てが、苦いものもあるけれど今の俺たちを作ったはずなのに。
それがなくなって、初めから性格を偽ることなくかわいらしいままに俺に接してくれる紫音ちゃんの事を、記憶がなくなってよかっただなんて思いたくないのに…
甘えてくれるのを嬉しいって思うことは、記憶がなくなってよかったと思ってるんじゃないだろうか。
それに、気になることはもう一つある。
俺に、存分に甘えてくれる紫音ちゃん。
一からまた、新しく関係を築こうとしての行動ならいい。だけど、なんでかな。
甘えてくれれば甘えてくれるほど、紫音ちゃんが泣いているように見えるんだ。
思っていることをすべて吐き出すと、二見さんは何かを思い出すかのように顎に手をやって難しい顔をしていた。
「…晴海。もしかすっと、原因はあれかもしれねえぞ」
「え?」
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