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8

病室に帰った忍は、看護士にこっぴどく叱られていた。聞けば、誰にも何もいわずに抜け出してきたらしい。

学校から二人で病院に戻ると、忍はすぐに検査と診察に連れて行かれた。完璧に、なくした記憶を思い出したのだ。記憶喪失というものは大概、記憶を取り戻した途端に忘れている間の事は忘れてしまうらしいのだが、忍はその間の事も覚えていた。

「なんでかな。どうしてもあそこに行かなきゃいけない気がして。でも、正解だな。きっと、インコたちが何か不思議な力で教えてくれたのかもな。『崇が泣いてるよ』って」

にこりと優しく微笑まれ、忍の胸に飛び込んでぎゅうぎゅうと抱きつく。

ぽんぽんと背中を叩き、頭をなでて髪にキスしてくれる忍の胸に顔をすり付けると上からくすくすと笑い声が漏れた。

「笑い事じゃないでしょう。ほんとに一時はどうなることかと…」
「そうだよ!兄ちゃんが冷たい態度取ってる時の伊集院さん、ほんとにかわいそうだったんだからね!」

大きくため息をつく親衛隊長に、涙を浮かべながらきゃんきゃん怒鳴る晴哉。
この二人には、忍の記憶がないときに本当に助けてもらった。
食欲がなくなって何も口にしない俺に、『そんな姿では取り戻せる物も取り戻せない』と叱咤激励しながら少量でも力になる物をと必死に俺の体調管理をしてくれた隊長。
『きっと大丈夫だ』と、忍が俺を捨てるはずがないと、記憶が戻ったときにはうんと意地悪をしてやればいいと務めて明るく振る舞ってくれた晴哉。

この二人がいなければ、きっと俺は壊れてしまっていただろう。



「でも、ほんとによかった…。何がきっかけで記憶が戻ったの?伊集院さんがあれだけ毎日、色んな思い出の品物とか話をしてたのにちっとも思いださなかったのに。」
「うん…、そうだな。きっかけは、ストラップかな。」
「でも、ストラップなら同じ日に病室でも伊集院さん見せたのに…」

同じものを見せたというのに、確かに反応が違っていた。病室で見せた時にはまったく何の興味も示さなかったのに、どうしてなんだろうかと埋めていた顔を上げると俺に向かって微笑む。

「…あの時、あいつ…。あのインコが、崇の胸からそのストラップを引っ張り出しただろう。それが落ちた時に、同じ光景が目の前に広がったんだ。あれは、夜じゃなくて夕方だったかな。目の前に、おんなじように、崇が泣いている顔が重なって。キンって頭の隅っこのガラスが割れたみたいな音がして、洪水みたいに記憶が溢れ出した。」

忍の話を聞きながら、俺はじんと胸が熱くなった。だって、それは忍が初めて俺に『好きだ』と言ってくれた、キスをしてくれたあの二人の原点の光景だから。

「忍…」

すり、と忍の頬にすりより、おなかに回していた手を首に巻きつける。


嬉しくて、嬉しくて。

だって、思いだしてくれたきっかけが、俺と忍の原点だなんてこんな幸せがあるだろうか。
どう頑張ってももう忍は記憶を取り戻してくれることはないのだという結論に達したあの日。

思いだしてくれないのなら、また一から始めよう。


そう決意したあの鳥小屋で、忍は記憶を取り戻してくれたのだ。
それだけではない。取り戻せない記憶に、苦しんでいた忍が俺と同じようにまた一から始めたいと誓ってくれたのだ。


明日、忍は退院する。そしたら、また二人であの鳥小屋に行こう。
例えこの先、学園を卒業しても、二人にまた危機が訪れたとしても。



青い鳥は、きっとそこにいる。



優しく微笑む忍にキスをしながら、そっと胸ポケットに入れたストラップに手をやった。


―――――――学園に戻ってから、記憶の戻った忍がなくしていた間の俺に対する態度で猛反省をして今まで以上に甘やかしてくれることになったのと、あの鳥小屋の前で告白をして結ばれた二人は、どんな危機も乗り越えることができるほど強く結ばれるという学園のジンクスができるのはまた後の話。



end

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