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8

そんなある日、晴海の部屋で二人くつろいでいると紫音は何かを思い出してソファから立ち上がり、自分の鞄をごそごそと漁りだした。そして目的のものを手に晴海の前まで戻ってくると、ソファに座る晴海に向かって一通の手紙を差し出した。

「…手紙?紫音ちゃん宛てに来たの?」

こくんと頷く紫音に、一瞬ラブレターをもらって困って自分に差し出してきたのかと思ったのだが紫音の顔を見て晴海はそうではなく何か重要な手紙なのだと悟った。くるりと裏を返して、差出人の名前を見る。

「…梶原、基…」

忘れもしない、その名。

「…先輩、一緒に読んでくれる?」

眉を下げる紫音ににこりと微笑み、自分のソファの隣をポンポンと叩く。紫音は大人しく指示された通りに晴海の隣に座り、ぴたりと身を寄せた。

「開けるよ」

紫音の了承を得て、開封する。前略、から始まるその手紙は、その後の静人の近況報告であった。

『前略、木村紫音様。
先だってはわがままを聞いていただき我が主にお会い下さってありがとうございました。
静人さまは、あの一件以来つきものが落ちたかのようにどこか晴れ晴れとした顔をして病院で療養しております。おかげさまで回復も早く、言われていた日程よりも早く退院することが出来そうです。
実はご報告することが一つございます。回復を待って裁判の後のことなのですが、結果がどうなることであれこちらに戻り次第、』

「…そちらに編入することが決定いたしましたああ!?」

晴海が思わず大声で一文を読み上げる。紫音も驚き、二人で目を見開いて顔を見合わせてもう一度手紙に顔を戻す。

『これは内々の極秘事項ではありますが、お世話になったあなたには先にご報告させていただこうと思いこうしてお手紙を書かせていただきました。いつになるかは未定ですが、私も共にそちらに参らせていただきます。その事に関しまして、静人さまからのメッセージをお伝えさせていただきます。』

「『俺が行くまでそのまんまの紫音ちゃんで待っててね。愛してるよ』、だと…!?」

手紙を無意識にぐしゃりと掴んでしまう。

あんにゃろう!どの面下げてぬかしやがる!

だが、晴海の怒りとは裏腹に紫音はほっとしたような顔をしていた。

「紫音ちゃん?」
「…よかった。静人さん、カジさんにきっとぎゅうしてもらったんだね。」

その顔が、とても優しくて。晴海は参ったな、と苦笑いをして一つ息を吐いた。

正直、自分たちと敵対していたチームの総長。しかも、卑怯な手を使って二人を拉致し、危険な目に合わせたあいつらに目の前に来られたらどういう態度をしていいのかわからない。
紫音は、静人の過去のことは晴海と克也には話してはいない。名前とその正体だけは聞いて、ひどく驚いたのだが、それ以上は二人ともわけありかと悟り紫音から聞き出そうとはしなかった。
あの病室で、何があったのかは聞いてはいない。何が起きてどうなったのかは、紫音にしかわからない。でも、想像することはできる。

きっと、この子の純な思いが静人のかたくなな心を溶かしたのだろう。

そう思うと、純粋に安堵の表情で静人のことを思う紫音に自分がこれ以上何かを言えるわけがないのだ。

「ほんと、参った。」
「先輩?」

どうしたの?と自分を見る紫音の目に、初めて会った頃の事を思いだす。

ひどくギラギラとして、見るもの全てを切り裂くかのような鋭いまなざし。
紫音の目に、力に、激しく惹かれる自分。降伏させ、屈服させてみたいと思った相手。

あの時は、紫音の事を自分の生涯のライバルになるのだと信じていた。自分を、唯一満たしてくれる相手になるであろうと。

意味合いは全く違うけれど、まさに思っていた通り。この子は、自分を満たしてくれる唯一になった。
静人と同じく、いや、それ以上に晴海だって紫音に救われたのだ。

自分を見つめる紫音の頬をそっと撫でる。気持ちよさそうに目を細め、すり、と晴海の手にすり寄る紫音にひどく心が満たされる。

「…紫音ちゃん。愛してるよ。」

ぽつりとこぼした言葉に、紫音が大きく目を見開いてぱちぱちと瞬きを数回したかと思うと、頬をほんのりとピンクに染めてへにゃりと微笑んだ。

「先輩、俺も。はるみせんぱい、だぁいすき。」

頬に添える手に、自分の手を添えすりすりと頬をすり寄せる。


ああ、何てかわいい俺だけの子ネコ。


本当の自分を隠して、梨音の為だけに生きてきた純粋無垢な紫音ちゃん。警戒されて、爪を立てられ、引っ掻かれもしたけれど。これからだってそんなものいくらでも受け止めてあげる。
いつだって安心してお昼寝ができるような、俺が君の日だまりになりたい。

だから、ねえ、紫音ちゃん。

俺にだけ、かわいく甘えてみせて。


いつだって君は、


俺だけの―――――――マイディアキティ


end

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