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次の日には、二人揃って梨音の見舞いに行った。見舞いに行くことは、克也には内緒だ。正直、梨音に会うのは辛い。自分たちのせいであわや命を落とすところだった梨音に、どんな顔をして会いに行けばいいのかわからない。
それでも、きちんと筋を通したい。許されなくても、せめて謝罪をと緊張する晴海を梨音は笑顔で出迎えた。
「先輩、来てくれてありがとう。」
ふわりと微笑む梨音は依然変わらず愛らしい。晴海は梨音のベッドに近づくと、居住まいを正し深々と頭を下げた。
「梨音ちゃん、ごめん。俺たちのせいで、こんな目にあわせてごめん。謝っても許されないことだとは思うけど…」
頭を下げる晴海に、梨音はきょとんとして一拍おいてから、くすくすと笑い出した。
「先輩、謝らないで。先輩たちのせいじゃないもん。僕が勝手にしたことで、こんなことになっただけ。先輩たちは、助けにきてくれたでしょ?それだけが僕にとっての真実だよ。」
笑いながらそう言う梨音を、晴海が顔を上げて見つめる。
「…なんか、梨音ちゃん、変わったね…。」
「うん。だって、僕、お兄ちゃんだもん。」
笑って胸を張る梨音は、小さいはずなのに大きく見えた。
あんなに、泣き虫でいつもびくびくと紫音の影に隠れていたのに。今は、しっかりと紫音のお兄ちゃんに見える。晴海はそんな梨音にむかってもう一度頭を下げた。
「それより先輩、しーちゃんとうまくいったんだ?」
「へっ?あ、うん。」
突然の言葉にどもりながら頷き、ちらりと紫音をみる。紫音は顔を真っ赤にしてきょときょとと視線を泳がせていた。
そうか。紫音はきっと、梨音に相談したんだろう。
梨音が紫音の背中を押してくれた。そのおかげで今の自分たちがある。そう思うと、余計に感謝の気持ちがわいてくる。
「お花、ありがとう。しーちゃんにくれてたの、先輩でしょ?しーちゃんねえ、すっごく大事にしてたんだよ。」
「り、りーちゃん…!」
梨音に言われて病室を見回すと、確かに。克也の花束に隠されるように、小さな白い花たち。
視線を紫音に移すと、紫音は真っ赤な顔でもじもじと下を向いて指をいじっていた。
受け取って、くれていた。
晴海の目に熱いものがこみ上げる。なんでもないふりをして目頭を押さえるのが大変だった。
「先輩、しーちゃんすっごくかわいいでしょ?僕の自慢のかわいい弟なんだ。だから、大事にしてね。泣かせたりしたら許さないからね。」
「もちろん。絶対に、何があっても泣かせたりしないよ。これからは、俺が守るから。」
指切り、と差し出された小指に自分の小指を絡める。
ゆびきりげんまん、と笑いながら歌う梨音を見て、この子はもう守られるだけのお兄ちゃんじゃなくなったんだなあ、と改めて思う。
「…克也先輩にも、早くお礼を言いたいな。」
指を離した後、部屋中に飾られた色とりどりの花束を見て梨音がそれはそれは優しく微笑む。その笑顔は、愛情に満ち溢れていて晴海は梨音が克也をどう思っているのか気付いた。と同時に、この花束が誰の物からかなのかを梨音も気付いていたんだと晴海は少し驚く。この子も、きちんと受け取っていてくれたんだ。克也の想いを。
紫音ちゃんが克也に伝えたあの言葉。あれが実現された時、それはきっと克也にとって人生を変える運命の日になる。
「…真っ先に、行ってやってよ。あいつ、きっと今頃捨てられた子犬みたいな顔してっからさ。」
「ふふ、じゃあ早く拾ってぎゅってしてあげないとね。」
にこりと微笑む梨音は、本当に綺麗だった。
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