マイディアキティ!
「う…ん、」
伸びをしようとして、なんだか自分の体が自由にならないことに気付き紫音はいまだ寝起きでぼんやりとする目をこすった。
「だめだよ、紫音ちゃん。おめめ傷いっちゃうよ。」
くしくしとこする手をやんわりと取られ、ぱしぱしと数回瞬きをして紫音は自分の目の前に優しい微笑みを向ける晴海に気付く。体全体が包まれるような温かさを感じて、自分が晴海に抱きしめられているのだとようやく理解した。
「せんぱい…」
「うん、先輩ですよー。お目覚め?かわいこちゃん」
まぶたにキスをされ、ここがどこで何があったのかを思い出した紫音は少し窮屈そうに腕を上げたかと思うと晴海の首にその腕を巻きつけた。
「えへへ…、ありがとう先輩。すごくぐっすり眠れたよ」
へにゃりと笑う紫音に晴海は眉を溶けそうに下げ、いざお目覚めのキスを…と顔を近づける。
「あ!いけない!」
「ぶっ」
唇を交わす直前になり、紫音が急にベッドの上で跳ね起きて晴海はシーツにキスをしてしまった。
「どしたの、紫音ちゃん。」
「せ、先輩、今何時?もう朝になっちゃった!?」
おろおろと泣きそうになりながら時計を探し服を整える紫音に不思議そうに顔を向ける。この部屋に来たのは夕方だ。そんなに時間は経ってないと思うんだけど、と晴海は携帯を取り出した。
「今ねえ、夜の10時半だよ。結構寝たね。どしたの?なんかあった?」
晴海が時間を伝え、ベッドから降りてほら、と窓のカーテンを開けて確かに夜であることを確認すると紫音はひどくほっとした顔をした。
「よかった…。先輩、俺、一回お部屋に帰るね。」
「え?あ、うん…。どしたの?着替えなら貸すよ?」
「違うの…」
一人で部屋にいたくないと言った紫音が帰るだなんて、着替えを気にしたのかなと晴海は思ったのだが紫音はそう伝えると途端にしゅんとうなだれた。そういえば以前に紫音は夜に梨音に内緒で鍛えているのだといった。もしかして、トレーニングの時間が気になるのだろうか。
もう、無理に体を鍛える必要はないのに。
梨音を守るためだったそれは紫音をいまだ鎖のように縛り付けるのだろうか。今度からは、俺が守ってあげるのに。
そっと抱き寄せて額にキスをする。
「紫音ちゃん。もういいんだよ。強くなんなくたっていい。俺が守ってあげるから。だから、今日は。ううん、これからはゆっくり休みな。」
「…!」
そう言うと、紫音は晴海の胸に顔を埋めてその腕を晴海の背中に回した。
「…ちがう、の…。先輩、あのね…。にゃんこちゃん…。」
「え?」
埋めていた顔を少し上げて、晴海の顔を見つめる紫音は涙を目に浮かべていた。
「にゃんこちゃんがね。ずっとずっといないの。お、俺…っ、俺が、一日だけ、行けなくって…。ご、ご飯だけはって思って、毎日置いてるんだけど、ちっとも減ってなくって…。に、にゃんこちゃん、どっかいっちゃったのかな…。も、俺の事、嫌いになっちゃったのかな…っ」
「あ…、あ〜…。にゃんこちゃん、にゃんこちゃん…。えっと、お…」
「…?先輩…?」
ぐずぐずと泣く紫音に、晴海はなぜかひどく申し訳なさそうな顔をしてしどろもどろと言葉を濁す。紫音は晴海の様子に不思議そうに涙に濡れた顔を向けた。
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