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3

思わず見とれてしまうほどにその笑顔は美しかった。
見とれる余りに、言葉を発することさえも忘れてしまうほどに。

「先輩。いつも、いつもお花ありがとう。毎日お花くれたの、先輩でしょ?」
「あ…、いや…」

自分は、名前を言わなかった。
決して自分からだとはバレないように、病院の受付や中の看護師たちにも頼み込んでいた。梨音をあんな目に合わせた自分が、のうのうと見舞いになど行けるはずもない。そばに行く権利などもあるはずがない。
そう思っていた。

だからこそ、今花のことを言われても素直にそれが自分であるだなどと言えるはずもない。

「…俺じゃねえ。だれか、他の…」
「ううん、先輩だよ。先輩しかいないよ。」

確信を持ってきっぱりと言い切る梨音に、不覚にも泣きそうになる。どうして、そう思ってくれるのか。

「僕に、『大好き』って言ってくれるの、先輩だけだもん。お花たちが、そう言ってたもん。」

克也は目を見開いて目の前に立つ梨音を見た。あの、ありったけの想いを詰め込んだ花たちの言葉を。梨音はきちんと聞いてくれていたのだ。

花言葉を梨音が知っているかなんて気にはしていなかった。よほどの花好きでもないと花言葉なんて知らないだろうと思っていた。自分だって、花言葉を知ったのは梨音が入院してからで、全く興味などなかったのだから。

「…あの、さらわれて襲われそうになった時ね。あそこにいた人が、僕のことを『犯す』っていって服を脱がせたの。」
「…!」
「前に、先輩が僕に怒ったよね。『犯されても許すのか』って。僕、あの時、それがどういう意味かわかんなかった。でも、あの時に初めて先輩が言ってた『犯す』って意味が分かったの。」

そのときのことを思い出したのか、少し震えながら話す梨音を抱きしめてやりたくなる。自分が駆け込んだとき、梨音は上半身が裸だった。あの時、あんな格好だったのはやはりそういう事だったのか。

思い出してまた怒りがわいてくる。汚される前でよかった。

「…それでね。その時、思ったの。『これが先輩だったらよかったのに』って。」

悲しそうに伏せていた目を克也に向け、真剣な顔で梨音が言う。当の克也は言われたことに頭がついていかなかった。

今、なんて。

口を半分開けたまぬけな顔をしたまま固まる克也に、梨音がにこりと微笑む。

「先輩。あんな目に合ってるとき、僕の頭の中は先輩のことばっかりだった。入院してるときもね、僕、先輩のことばっかり考えてた。早く会いたいなあ、お話ししたいなあって。先輩もしーちゃんと同じだね。自分のせいだとか思ってたんでしょう?」

くすくすと笑う梨音から、思わず目をそらす。

「…だって、そうじゃねえか。俺のせいで、お前は…」
「うん、先輩のせいだよ。」

きっぱりと言い切る梨音に、克也の胸がずきりと痛む。覚悟はしていたが、改めて言われるとキツいもんだ。
やはり、梨音は自分に会いに行くと言っていたのはこのためだったのか。巻き込んでしまった自分を糾弾するためだったのか。

「僕が、先輩のことしか考えられなくなったの、先輩のせいだもん。だから、だから…
責任とって、僕とずっと一緒にいて?」

そう言って、持っていた鉢植えを自分に差し出す。


胡蝶蘭。その花言葉は、


「『あなたを愛します』。克也先輩。僕、先輩が好き。大好き。先輩は?」

震える手で、差し出された鉢植えを受け取る。その途端、克也の目からつう、と一筋の涙が流れた。

「…俺、を…?いいのか…?だって、俺のせいで、お前は…」
「違うもん。僕が聞きたいの、そんな言葉じゃないもん。」

ぷくりとわざと膨れた顔をする梨音に胸が熱くなる。言わせてくれるのか。ずっと言いたかったあの言葉を。

「…梨音、お前が好きだ。俺も、お前が…っ」

あふれる涙を拭うこともせずに絞り出すように言葉を紡ぐと同時に、梨音が克也を抱きしめる。

「先輩、大好き。あの時の言葉、もっかい言って。今度は、どこに?なんて聞かないから。」

自分の頬に手を添え、優しく微笑む梨音に同じように微笑み返す。


「…木村梨音。俺と、付き合え。」
「はい。」


誰もいない屋上。
初めて対峙したあの時と同じ告白。

克也は、やっと手に入れた愛しい相手をただただ抱きしめた。

end

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