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※この章は、克也と梨音のみのお話です。
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紫音が晴海と結ばれ、二人仲良く屋上を後にした次の日。克也は一人花屋へ向かった。
いつもなら晴海もついてくるのだが、克也が断ったのだ。
せっかく両思いになれたんだ。今日一日くらい二人きりでいろと。
正直、昨日の紫音のあまりの今迄との差に動揺を隠せない。だが、昨日の晴海の様子からあいつはずっと前から知っていたのだろう。そう考えると今までふとした時に感じていた晴海の態度などにも合点がいく。
あいつが本気になるだなんてな。
一緒にいて始めてみた晴海の甘く溶けた顔を思い出しておかしくて笑いが込み上げるも、それは自分も同じか、と自嘲を含んだ笑みに変わった。
「いらっしゃいませ」
目的の花屋の中に入ると、いつもの店員が笑顔で迎えてくれる。それに軽く会釈をしながら、ガラスケースの前で足を止めると克也は幾つかの花を指差して花束を頼んだ。
「いつもありがとうございます。」
出来上がった花束を渡しながら、店員が克也にそう微笑みかける。急に話しかけられて驚いたが、『あ、いえ、』などと言いながら克也はちょっと微笑み会釈を返した。
「あなたにこれほど想われて、相手の方は幸せですね」
「え…」
「あなたが選ばれる花はどれも熱烈な愛の告白の意味を持つ花たちばかりですから。きっと相手の方も、あなたの気持ちを嬉しく思ってますよ」
にこりと微笑まれて、自分の胸がなんだかつきんと甘くなる。礼を言って花束を受け取り、病院に向かいながら手にした花束を見つめ先ほどの店員の言葉を思い出す。
…そうだろうか。梨音は、この花を見て自分の気持ちをほんの少しでも感じてくれているのだろうか。
『会いに行きます』
紫音から伝えられた言葉は、期待通りの意味でいいのだろうか。
「梨音…」
その名を呼び、目を閉じると自分の向かい可愛らしく微笑む梨音がまぶたの裏に浮かぶ。早く会いたい。克也は、これほど時がたつのを待ち遠しく思えるのは初めてだった。
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