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11

「紫音ちゃん、会いに来てくれたの?あはは、すっげえ嬉しい!ね、また遊ぼうよ。梨音ちゃん大したことなかったんでしょ?今度は鬼ごっこにしようか。梨音ちゃんと紫音ちゃんの足をつないでさ、二人一緒にどこまで逃げられるか…」
「静人さん」

言葉を遮り、自分の名を呼ばれ静人はその顔からすっと笑みを消す。

「…なんで、なまえ、」
「カジさんに教えてもらいました。ここに来たのは俺の意志じゃない。カジさんに頼まれたからです」

そう。公園に連れ出され、静人の過去と狂気へ走った理由を聞かされたあの時。カジは頼むから静人に会ってほしい。そしてできるなら君からの許しが欲しいと頼んできたのだ。紫音は、その場できっぱりと断り、それなら会うだけでも、と懇願するカジを振り返ることなく梨音の病院へ向かい、その日に梨音が目覚めたのだ。

「…そして、カジさんだけじゃない。…梨音に、言われて俺はここにいる」

そう。紫音は何を言われようと静人に会うつもりなどなかった。だが、それの背中を押したのは他でもない静人本人に傷つけられた梨音だった。

「俺は、はっきり言ってあなたを許せない。大事な梨音を傷つけ、怯えさせ、その心に一生癒えることのない傷を負わせようと…その体に一生消えない傷跡を付けたあなたを許したくなんかない!」

自分を睨みつける紫音に、静人は腫れた目を細めくすくすと笑った。

「…別に、いいよおぅ。別に許してなんて…」
『頼んでないから』

静人はその言葉を最後まで紡ぐことができなかった。なぜなら、その途中に紫音が静人を抱きしめたからだ。


「…は、…しお、ん、ちゃ…」


突然の温もりに、静人はベッドの上で弱弱しく紫音の名を口にする。なぜ、自分は抱きしめられているんだろう。この、憎まれているはずの男に。

「…あなたのことは、許せない。けど、りーちゃんが、許すって言ったから。りーちゃんが、俺にあなたを許してあげてって。だから、ほんとは許したくないけど、許す。それで、これは、俺からあなたへ。今までもらえなかった、ぎゅうをあげる。
だからね。もう、しちゃだめだよ。悪い事、もうしないで。…悲しい目で、自分を傷つけないで…」

カジから話を聞いたその日、紫音は目覚めた梨音にその話をしたのだ。そして、会いに行ってやってほしいと言い出したのは梨音だった。

『僕にはしーちゃんがいたから。ね、しーちゃん。あの人、すごくすごく悲しい目をしてたね。きっと、ほんとは弟くんにぎゅうってしてもらいたかったんだね。だから、しーちゃん。しーちゃんが、代わりにしてあげて。ほんとはしてもらえるはずだった弟君のぎゅうを、しーちゃんがあの子にあげて。』

自分を抱きしめる紫音の体が震えている。泣いているのだろうか、紫音が顔をうめている自分の肩に濡れた感触が広がる。

「…ぎゅう、って、なんだよ…。牛かっての…。は、はは…」

紫音の言葉を繰り返し頭で思い返し、自分を抱きしめるその背中に震えながら腕を恐る恐る這わせる。

「う、ああ…!うわああああああ…!」

静人は、自分を抱きしめる紫音に子供の様にしがみつき、大声を上げて泣いた。


一階の待合室では、ポケットに手を入れ立ち上がったり座ったり、落ち着かない様子の晴海がいた。煙草を取り出して口にくわえようとして、ここが病院であることを思い出してまたポケットにしまう。

「紫音ちゃん!」

もう一度立ち上がろうとしたその時、カジを後ろに伴い晴海の元へ歩いてくる紫音を見つけ思わず大きな声を出す。

「先輩、病院だよ。おっきな声出しちゃダメなんだよ」
「ご、ごめん」

くすくすと笑う紫音を見てホッとする。
屋上で、克也に梨音の伝言を告げた紫音を連れてさあ自分の部屋へと思った晴海に、紫音がキツネ面の男に会うから病院までついてきてほしいと晴海に頼んだのだ。

正直、あんな奴と会わせたくなかった。
だけど、眉を下げうるりとした目で『お願い』と言われては駄目だなんていえるはずもなく。絶対に無傷で帰ることを条件に、一階で待っていたのだ。

「先輩。おへやに帰ろう。」

にこりと微笑み、自分に差し出すその手を取って紫音と晴海は病院を後にする。その後ろで、カジが二人に向かって深々と頭を下げていた。


二人を見送った後、静人の病室に戻った基は無言で窓の外を見る静人の傍に立ち、近くにあったお茶を入れる。

「基」

ふいに静人に呼ばれ、手を止めて振り返ると静人は相変わらず窓の外を見ていた。主人の次の言葉を待ち、5分ほど経ったであろうか。


「…ありがと」


それは、静人から贈られた初めての感謝の言葉。
驚き、目を見開いて固まる基に窓の外を眺めていた静人がゆっくりと顔を向ける。
そこには、見たことがないほど穏やかな笑みを浮かべていた静人の顔があった。

『静人さんはね。知ってるはずだよ。弟君じゃなくても、静人さんをずっとずっと守って来てくれた人がいるってこと。その人は、いつだって静人さんにぎゅうしてくれるはずだよ』

帰り際に、耳元で紫音が囁いた言葉。
ああ、そうだ。いつだって、自分の傍にはこの男がいたはずなのに。

微笑みながら、基に向かって両手を広げて伸ばす。

「ぎゅうしてよ」

静人の頼みに、基は涙を浮かべながら愛しい主人を抱きしめた。

end

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