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8

晴海が紫音を屋上に連れてきたのは、校庭で落ち着いた紫音が『克也に話がある』と言ったからだ。あまりにもかわいらしい紫音の姿に、目的を忘れる所だった。
晴海に連れられ、克也の目の前に来た紫音は晴海の後ろから克也の前に出る。

「…それがてめえの本来の姿だってのか。今までのは嘘だったのか」

克也の問いかけに、紫音がこくんと頷く。

…どうやら、嘘をついているわけではないらしい。

今までとあまりにも違うその姿に、克也は校庭での出来事から屋上にきてからの紫音を見てもなかなか頭で処理することができなかった。むしろこちらが演技ではないかと疑っていた。だが、目の前で情けなく眉を下げびくびくと怯える紫音を見てその雰囲気が梨音によく似ていることに気付く。

やはり、双子か。
見た目は違っても、その実中身は一緒だったってわけだ。

そうはわかっても、克也は困惑のあまり眉間に寄るしわをなかなか消すことができなかった。

「…滝内先輩、ごめんなさい。今まで、ひどいこといっぱいいっぱい言ってごめんなさい。おトイレで殴っちゃったりしてごめんなさい。」

ぺこり、と頭を下げる紫音に、その仕草や話す雰囲気がやはり梨音と酷似していると思う。そしてそんな紫音を少しかわいらしいなんて思いますます困惑してしまった。

「あのね、先輩。りーちゃん、昨日おめめ覚めたの。もうお話もできるんだよ。歩いたり、ご飯食べたりもできるの。まだおかゆだけどね、少しづつ食べていってもいいって。先生がね、もうだいじょうぶだからって。退院も決まったの。一週間後だって。」
「本当か!!」

梨音が、目覚めた。

それを聞いた克也は飛びかからん勢いで紫音の肩を掴み必死に問いかける。あまりの形相に驚いたが、何度もこくこくと首を縦に振った。

「…そうか。目覚めた、のか…。よかった…、本当に良かった…!」

克也は、掴んでいた肩から崩れ落ちるように手を離しその場に思わずしゃがみこむ。病院に行くたびに受付から聞かされる『まだ目覚めない』の言葉に毎日身を焼かれるような気分だった。どうか、どうか目覚めますように。克也は神など信じたことはない。だが、この時ばかりは自分の全てと引き換えでもいいからと毎日信じなかった神にいるなら願いを聞いてくれと祈っていた。

しゃがみ込み、両手で顔を覆う克也の前に紫音もそっとしゃがみ込む。

言わなくちゃ。りーちゃんが、克也先輩に言ってってお願いしたことを。俺が晴海先輩に伝えたように、りーちゃんも滝内先輩に伝えたいことがあるから。

「それでね、りーちゃんが滝内先輩に伝えてほしいって。
『会いに行きます』
って。だから、待っててくださいって。」

紫音から伝えられた言葉に、克也は声を出さずに何度も頷く。


『会いに行きます。』


たったその一言が、克也の裂かれていた心を全てつなぎ合わせてくれた。抑える両手の指の間から、幾つもの雫がこぼれ落ちる。

いくらでも待とう。梨音、お前が俺に会いに来てくれるまで。その愛らしい笑顔で、俺の名を呼び駆けてきてくれるまで。

嗚咽をこらえ涙をこぼす克也の頭をそっと撫でて、紫音は立ち上がり背を向ける。

「…木村紫音」

晴海の元へ戻り、克也の前から去ろうとした紫音を克也は呼び止めた。

「ありがとう」

振り返るよりも早く、克也が紫音の背中に向かい礼を言う。
紫音は一瞬目を大きく見開き、前を向いたままその顔に柔らかな笑みを浮かべた。

滝内先輩。りーちゃんが、あの怖がりだったりーちゃんが俺から離れてその隣に立つことを望んだ人。
本当は少し寂しい。いつだって、梨音が助けを求めるのは自分だったから。その隣にいるのは自分だけだったはずだから。

でも、と紫音は先ほど自分を送り出してくれた梨音を思い出す。

あの時のりーちゃんは、今までで一番きれいだった。その顔は、今までのか弱いだけの兄ではなかった。
梨音に、本当の意味で守られていたのは自分なのかもしれない。あの幼い日の事件から、自分が梨音を守るんだと言い聞かせ、そうすることで自分が梨音の傍にいられるように、いつでも寄りかかれるようにしていたのかもしれない。

だけど、と紫音はその顔を晴海に向ける。

全てを拒絶し、まるで警戒心の強い野良猫のように爪を立てる自分に、傷だらけになりながらも手をさしのべ続けてくれた人がいる。全てに怯えて二人きりで狭い場所でうずくまっている自分たちを、日の当たる場所へと優しく抱き上げてくれた人たちがいる。

「…滝内先輩、ありがとう。りーちゃんを、よろしくお願いします。」

この人なら、大丈夫。梨音をあんなに強く変えてくれたこの人なら。

紫音は克也に向き直り、深々と頭を下げて今はっきりと梨音を克也へと受け渡した。

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