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9

次の日。梨音と同じ病院ではないが、とある病院の特別室の前で紫音はノックもせずに立っていた。ちらり、と後ろを振り返る。

カジは自分に振り返る紫音に向かい懇願するような顔でまた頭を下げる。紫音は一つ深呼吸をすると、扉の取っ手に手をかけた。

キイ、とゆっくりとした動作で扉をあける時間がやけに長く感じられる。自分の視界に中の部屋が写り込むごとに心臓は早さを増した。


「なぁにぃ…。カジ、帰ってくんの遅いよ」

ベッドで包帯だらけの男がこちらを向く。ほかの病室より明らかに広い病室のベッドの上でその男は紫音を見た瞬間、ガーゼだらけの顔に腫れた瞼を必死にあげて狂気の輝きで見つめた。

「…紫音ちゃんじゃん。なに、遊びに来てくれたの?」

子供のように無邪気に話しかける、その男のそばによると、紫音は目の前の男をじっと見つめた。
こうして相対するのはあれ以来初めてだ。自分と梨音を拉致し、梨音を刺したキツネ面の男。


梨音が目覚めたあの日、紫音はカジに病院へ行く前に呼び止められた。頭を下げて名を名乗る男に、目の前で崩れ落ちる梨音を思い出して怒りに震える。無視をして足早に通り過ぎようとする紫音の腕を必死につかみ頼むから話を聞いてくれと頭を再度さげられた。
周りの人の何事かといぶかしむ視線に困った紫音は少しだけなら、とカジに連れられ近くの公園に向かった。

そこでベンチに座りながら、しばしの沈黙が二人を包む。
一体何の用だというのだろうか。もしかして、お礼参りにでも来たのだろうか。確かに自分はあのキツネ面の男に一方的な制裁を加えた。鼻が折れ、肋骨も折って今入院中で、退院次第裁判の予定だと聞いた。ひどい暴力を振るってしまったという意識はあっても、紫音には謝りに行くという気などさらさらなかった。梨音を刺したのだ。あれくらいぬるいくらいだ。人一倍優しい紫音が、あのキツネ面の男にだけはひどく暴力的な気持ちになってしまう。

そうは思いながらも、あの工場で垣間見たキツネ面の男のひどく悲しい目が忘れられなくて。

そんな自分がいやで、考えることもしんどくてもう思い出したくないと思っていたのに。

「…あれは兄弟だろうか。仲がいいな」

無言が続く中、話がないならと立ち上がろうとした紫音にカジが不意に声をかける。その視線の先には、砂場で仲良く遊ぶ二人の男の子。片方は自分のスコップを一緒に遊んでいる小さな男の子に渡してやったり、山を作るのを手伝ったりしている。
自分と梨音も、よくああやって遊んだなあ、と紫音も砂場の二人に目を少し細めると、前を向いたままカジがポツリと話し出した。

キツネ面の男は、名を雨宮静人(あめみやしずと)というそうだ。その名を聞いて、紫音は目を見開いた。雨宮静人といえば、確か大きなIT企業の御曹司ではなかっただろうか。

確かに、静人は紫音の聞いたことのあるその人物に間違いはなかった。カジと言う男は、雨宮の第一秘書の息子で梶原基(かじはらもとい)というらしい。
基は幼いころから、ゆくゆくは静人の第一秘書になるべく教育されてきていたそうだ。ゆえに、幼いころからずっと静人の傍についていたらしい。

静人は、雨宮の跡取りとしてそれはそれは厳しい教育を受けていた。そして、静人には弟が一人いた。その弟は、とてもかわいらしく誰からもただただ可愛がられ愛されて、エリートとしてスパルタ教育をされている静人とは全くの正反対に育てられた。
いくら頑張っても褒めてくれるどころか認めてもくれない両親。反対に、甘やかされ目一杯の愛情を与えられる弟。両親は弟の前でも静人を平気で貶めた。弟はそのためにひどく傲慢な男になっていた。
弟が望むものはそれが静人の物であろうがなんであろうが全て取り上げられ、弟の物になった。

その頃の静人は今のようではなくひどく大人しく地味でいつもびくびくと何かに怯えているような子だったそうだ。厳しい両親に折檻され泣く彼を毎晩抱きしめてその頭を撫で慰めていたのは基だった。

弟はひどくずるがしこく、大きくなるにつれて自分の容姿と立場を非常によく理解し、そのうち陰で静人をバカにして蔑んで静人に対して暴力をふるうようになった。

『兄さんみたいなつまらない男がどうして僕より上に立つんだろうね』

そう言って笑いながら、静人を蹴った。静人は決して逆らったりはしなかった。もし自分が弟に手を出せばどうなるかよくわかっていたから。
弟は抵抗しない静人をまるで玩具のように扱った。表では、あくまで優しい弟を演じ、二人きりになると静人をバカにし熱湯をかけたり針を刺したり、ありとあらゆる陰湿な手を使い静人を虐げた。

それは家の中だけに及ばず、学校でも。

静人と弟は1つ違いで、同じ学校に通っていた。そこでわざと静人をいじめられるように持っていき、影からいじめられる静人を見て笑っていた。基はそんな静人をいつも手当し、慰め支えていた。

そんな生活に静人が壊れるのは必須であったのかもしれない。

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