12
梨音を捕まえることに集中していた男は、まともに蹴りを食らい部屋の端に思い切り蹴り飛ばされた。
「梨音!」
「しーちゃ、…っわあああん!」
紫音に部屋の真ん中で抱きしめられた瞬間、梨音は大声で泣いた。まだ、部屋の中には不良がいて、完全に逃げ切ったわけでも安全になったわけでもない。だが、紫音が自分のそばにいると言うそれだけで梨音は安心感から涙を押さえることができなかった。
「くそ…、お前、…っ、おまえええ!」
「梨音っ!」
キツネ面の男が蹴られた場所を押さえながら立ち上がると同時に、部屋の入り口に克也と晴海が姿を現す。
「克也先輩っ!」
それにいち早く気付いたのは、克也に名前を呼ばれた梨音だった。紫音も入り口に顔を向けた梨音に気付き、ふと顔をあげる。
「紫音ちゃん!」
「あ…」
そこには、克也の隣から自分に向かって駆け出してくる晴海がいた。
ズタボロの制服、血まみれの体と顔。
晴海は、部屋の真ん中で不良に囲まれる紫音を見てぷつりと何かが切れるのがわかった。
「てめえら、どきやがれええ!」
そして叫ぶと同時に紫音に向かって一直線に駆け出す。
許さない、許さない許さない。
晴海はまるで一陣の風のように、周りにいる不良たちを殴り飛ばしながら紫音の傍へと駆け寄った。そしてあっという間に紫音と梨音の傍へたどり着き、紫音の顔を両手で掴む。
「紫音、無事か!?」
「…せんぱ…、」
ペタペタと顔や体中おかしいところはないかと確かめるように触る晴海に、紫音は驚き目を見開いて固まる。
紫音についた血がほとんど返り血であることに気づいた晴海はほっと胸をなで下ろしそこが敵地の真ん中で、いまだ敵に囲まれた状況にあるということを忘れ紫音を抱きしめた。
「ごめん、紫音ちゃん。ごめん…!遅くなって、ごめん…!」
自分を抱きしめ、謝罪をする晴海に一瞬気がゆるみ、じわりと涙が浮かびそうになる。
先輩、来てくれた。俺たちを助けに、来てくれた。
晴海はすぐに体をはなし、くるりと前を向く。
「紫音ちゃん、話は後だよ。とりあえずここから出るのが先決。行くよ!」
そうだ。まだ安全になったわけではない。梨音を取り戻し、克也と晴海が来てくれた。形勢が有利になったとはいえ、まだ不良に囲まれているのだ。せめて、梨音だけでも安全な場所に連れ出さなくては。晴海の言葉に力強く頷き、晴海は前、紫音は後ろと背中合わせで二人で梨音を守るようにしながら部屋の入り口へと向かった。
「なにをしている!止めろ!」
幹部の1人であろう男が怒鳴ると同時に、突然の出来事に怯んでいたスネイルの不良たちが襲いかかってくる。
背中に、晴海がいる。ただそれだけで、どれほどの安心感を得られたことか。
二人で確実に蹴散らしながら、出口に向かう。
「克也っ!」
「おう!」
同じようにこちらに向かっていた克也に、目の前が開けた一瞬を狙って晴海は梨音を投げ渡す。しっかりと受け止め、克也は梨音をその腕の中に閉じ込める。
「梨音…!」
「克也先輩…!」
無事に取り返せたのを喜ぶのは、後だ。まずは梨音をここから離さなければ。
克也が梨音を連れ出すと同時に晴海が紫音の腕を引く。
「紫音ちゃん、行くよ!」
紫音も、安全なところへ。克也に続き、二人も部屋から飛び出した。
工場出口付近では、redのメンバーとスネイルの大乱闘が繰り広げられていた。とはいえ、redがスネイルをほとんど倒しているのだが。
下っ端どもはほとんど戦闘不能だろう。後は、トップを潰すだけ。
その前に梨音と紫音を逃がさなければ、とようやくバイクの所までたどり着いた時。
ガアアァン!
先を行く克也と梨音の後を追っていた晴海と紫音の前に、上から突如ドラム缶が落ちてきた。
後ろを振り返ると、工場の入り口からゆらりとキツネ面の男が姿を現す。
「…秋田、晴海…。お前だな。redにはひどく頭の切れる参謀長がいるって聞いてたけど、まさか足取りを捕まれるとは思わなかったよ。」
黒いオーラを纏いながら、一歩、また一歩と近づいてくる。
「redを潰すとか、もういいや。…でも…、今まで誰にも踏み込まれることのなかったアジトを簡単に見つけられちゃったらさ〜…、プライド、傷つくよね。お前さえいなかったら、redの奴らにここがバレることもなかったんだしぃ。」
それに、と続けて、キツネ面の男はすい、と指を上げて紫音を指差した。
「せっかく、その子で遊んでたのに。邪魔してくれちゃってさ。…紫音ちゃん、て言うんだね。
…それを邪魔されたのが、一番クヤシいよ。…ねえ。秋田晴海。
紫音ちゃん、俺にちょうだい。」
そう言うが早いか、キツネ面の男は勢いよく駆け出した。とっさに紫音は戦闘の構えをとる。だが、構えた紫音の前に晴海が庇うかのように躍り出た。
ガツン!
キツネ面の男の繰り出した右ストレートを、晴海が両手をクロスさせ顔面でガードする。骨と骨のぶつかる音がして、二人はそのまま睨み合った。
「誰がやるかよ。この子は俺のもんだ」
ぎり、とクロスさせた腕に力を込め、思い切りキツネ面の男の拳をクロスを外す勢いで弾き飛ばす。ビュ、と風切り音をさせながら今度は晴海が男に向かって拳をふるった。
ギリギリの所でかわされ、間合いを取るように下がる相手を逃がさないとでも言うように晴海は追う。目の前で繰り広げられるハイレベルな攻防にそこにいた誰もが目を奪われた。
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