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5

「にゃあう…」

紫音は暗闇の中、一人子猫を膝に抱いていた。もう、一時間ほどになるだろうか。やはり、今日も晴海は来ない。
あの、遊園地の日から一週間。宣言したことを受けてくれたのか晴海と克也が二人の前に姿を現すことはなかった。それは、夜でも。二人に拒絶を示したその夜、晴海が姿を現さないことに当然だとは思いながらもその事実に傷ついている自分がいた。

「…何やってんだろ。ずっと待ってたって、先輩が来るはずないのにね。」

それでも、紫音はどこかで夜、晴海が一度だけでも姿を現してくれるのではないかと期待していた。ずっと、とは言わない。一度だけ。一度だけ、晴海ときちんと話をしたかった。あの日の事を、謝りたかった。

膝の上の子猫を、そっと撫でる。

もう、晴海は二度とここには現れないだろう。そう仕向けたのは自分。先輩を傷つけておいて、会いに来てほしいなんて甘えた考えを持つなんて、と紫音はゆるゆると頭を振り、自分はなんて卑怯者なんだろうと、ため息をついた。。

あれから、一週間の間、梨音の前では普通に振舞っていたつもりだが二人の間もどこかぎくしゃくとしてしまっていた。梨音と一週間も一緒に寝ないだなんて初めてだ。

「ふ…っ、」

膝に抱いた子猫を撫でる手が震える。ぽたぽたと、大粒の涙がいくつも子猫の頭に降り、子猫はわずらわしそうにぶるぶると何度も顔を振った。

もう、戻れないのだろうか。あの、楽しかった昼休みの四人に。

そう考えて、紫音はふと星空を見上げる。
病室で、克也は自分たちが狙われていると言っていた。チーム、と言っていたから恐らく大きな抗争なにかあるのかもしれない。戻れないのなら、せめて。どうか、先輩たちが大きな怪我などしませんように。誰かに狙われたりだなんて、そんな怖い事がもう二度と先輩たちに起こりませんように。

紫音は泣きながら、夜空に一番大きく光る星に願った。

「しーちゃん、話があるんだけど」

梨音がそう言って真剣な表情で紫音に話しかけてきたのは、二人が梨音の友達の代わりに引き受けた東校舎裏の花壇の掃除の最終日のことだった。お互い言葉数少なに草むしりなどをしていて、紫音はなんとなく梨音がいつもとは違う、とは思っていた。

「な、なに…?」

恐る恐る、梨音に問いかける。すると梨音は、ぐっと唇を強く噛んで口を開いた。

「…僕、克也先輩に会いたい。会って、お話したい。」
「…、だめだ」
「お話、するだけだよ。僕、きちんとお礼も言ってない。遊園地に連れて行ってくれたこと、それに、その日、僕のせいで怪我したのに、謝ることもできなかった。」

まっすぐ自分を見つめ、『克也に会いたい』という梨音の目を見られなくて紫音は思わず顔を逸らす。

「紫音」

そんな紫音を、まるで叱りでもするかのように梨音はいつになくキツイ口調で紫音の名を呼んだ。そんな呼び方をされるのは初めてで、紫音はざくりと胸に大きなトゲを刺されたかのように胸が痛んだ。背けていた顔を梨音に向けると、梨音は珍しく怒っているような顔をしていた。

…りーちゃんが、怒ってる。滝内先輩に、会えないから?俺が、うんって言わないから?
…りーちゃん、どうして?危ない目に、あったんだよ?もうそんな目に二度と合わせたくない。合ってほしくないんだ。だから、先輩とは会わない様にさせてるのに、どうしてなの?

「紫音、僕は先輩に会えないから怒ってるんじゃないよ」

まるで紫音の心の内を読んだかのような梨音の言葉に紫音は泣きそうな顔を向ける。一体、どうしたというのだろうか。こんな梨音は本当に初めてだ。

「紫音。紫音だって、本当は会いたいんでしょ?秋田先輩に」

紫音は自分の喉の奥がひゅ、と鳴るのが分かった。違う、と言わないと。すぐに否定しなければならないのに、声を発することができない。

「…しーちゃん。僕、言ったよね。僕はお兄ちゃんなんだから、って。隠し事はしないで。絶対に、絶対に何かあったらお話してねって。しーちゃん、僕に隠し事してる。なにかわかんないけど、何か隠してるでしょ。それで、それのせいでずっとずっと苦しんでる。どうして、どうして言ってくれないの?確かに、僕はしーちゃんみたいに強くもなくってすぐに泣いちゃう弱虫で、しーちゃんに守ってばっかりのダメなお兄ちゃんだけど。でも、でも…」

じわりと、梨音の目に涙が浮かぶ。

「言ってほしいよ。しーちゃんが、一人で抱えて苦しんでるその気持ちを、僕にも分けてよ。」

俺の苦しい気持ちを…、りーちゃんに…?

そんなこと、できるはずがない。梨音はいつだって苦しんできた。あの日の出来事から、今までずっとずっと嫌な思いや怖い思いをして苦しんできたんだ。梨音には、いつだって笑っていてほしい。幸せな、可愛らしい笑顔でいてもらいたい。もう二度と、あんな悲痛な叫びを聞きたくなんかない。
自分のせいで勝手に自分が苦しんでいるだけなのに、そんな思いを梨音に話せるはずがない。梨音に、背負わせたくはない。

紫音は、無言で俯いて緩く頭を振った。

途端に、梨音の顔がくしゃりと歪んでその目から耐えていた涙が溢れ出す。

「しーちゃんの、ばか!わからずや!」
「りーちゃ…、っ!?」

梨音が叫んでくるりと紫音に背を向けて駆け出そうとしたその瞬間。突然、花壇横のフェンスを乗り越えて他校の生徒数人が梨音の目の前に降り立った。

「や、なに…いやあ!」
「梨音っ!ぐあっ!?」

驚き立ち止まった梨音のまわりを一斉に4人ほどの男たちが囲み、口に何か布を当てる。
その様子に一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐさま反応して梨音に駆け寄ろうとした紫音は体にばちりと衝撃を感じたかと思った瞬間、真っ暗な闇に意識を投げ出してしまった。

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