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崩壊

病院から部屋に戻るまで、梨音はずっと泣き続けていた。紫音はそれに気付きながらもなにも声をかけることはなかった。

「しーちゃん…」

無言で部屋に戻ると、梨音がようやく声を出す。梨音の呼びかけに声なく振り向いた紫音は顔は向けても視線を梨音に合わせることはなかった。

「しーちゃん…、滝内先輩は悪くないよ…。ぼく、ぼく…」

梨音の言葉を聞きたくないとでも言うように、無言で背中を向け紫音は自分の部屋へと向かった。

「しーちゃん…!」

梨音の自分の呼ぶ声を遮断するかのごとく、紫音は部屋の扉を閉める。そして、そのままベッドに倒れ込むようにしてシーツに顔を埋めた。

「…っ、う、…!」

そして、ようやく今の今まで我慢していた嗚咽を漏らす。
先輩の顔が間近に迫った瞬間、遠くから小さく梨音の声が聞こえた。それは、間違いなく助けを求めるもので。にもなく駆け出し、声の聞こえた方へ向かうと血を流し倒れる克也を見つけた。
一緒にいるはずの克也がこの状態で、梨音がいない。ということは、と紫音は全神経を耳に集中させる。

――――聞こえた。

かすかだが、確かに梨音の泣き声だった。声の聞こえた方向に駆け出し、その先に四人の男に引きずられる梨音を見つけた時。紫音は息が止まるかと思った。
何があっても、自分がどれだけ苦手でもやはり梨音のそばを離れるべきではなかった。梨音に比べたら、自分の恐怖などとるに足らないことだったはずだ。離れず、一緒にいたならあんな事態にはならなかったかもしれない。克也に、大怪我を負わせることもなかった。

全て、自分のせい。

なのに、病院で克也を責めるような事を言ってしまった。克也にはなんの落ち度もない。自分が、自分のわがままのせいで梨音には怖い思いをさせて克也には大怪我をさせてしまった。自分の落ち度を、克也のせいにしてしまった。

だけど、そうは言えなかった。克也なら、梨音を守ってくれるんじゃないか。そう思っていたからこそ、今回の事件で克也が元々狙われている立場であったことを聞いたときに『なぜ』と言う思いでいっぱいになってしまったのだ。
後悔と罪悪感に苛まれ、紫音は自分の心がぎりぎりと締め付けられるような思いだった。それこそ、泣いている梨音を慰めることさえもできないくらいに。
それでも、と紫音は考える。今回のことは、自分の落ち度とはいえもう先輩のそばに梨音を近づかせるわけにはいかない。先輩が狙われている立場である以上、また同じことが起こらないとは限らない。
だから、克也に恨まれようが嫌われようが、『一切関わらせない』と断言した。梨音を守るため。二度と、あんな目には合わせないと誓ったのだ。
その誓いを守るためなら、誰に恨まれようが嫌われようが構わない。

ふと顔を横に向けると、るーが隣に横たわっていた。

「…るー」

手を伸ばしてぎゅっと胸に抱きしめる。病院で最後に呼び止めた晴海の顔が頭から離れない。

『好きにすればいい』

ひどく辛そうに、悲しそうに歪んでいた。ほんの少し前までの、自分を好きだと言ってくれたあの優しい笑顔を消してしまったのは自分。

晴海が、自分の秘密を喋ってしまうかもしれないなんて思いたくもない。晴海を疑いたくなどない。自分の本当の姿を知っても、変わらず優しくしてくれた先輩。

あの時、ああ言わなければ泣いてしまっていた。泣いて、晴海を責めていた。あの言葉は、自分を追い詰めるための言葉。晴海を、二度と自分に近づかせないための呪詛。

今この時から、自分は梨音のガーディアンに徹しよう。傷ついたのは自分ではない。被害者面をする資格も権利もない。

梨音を、守る。

それだけが自分の使命。本当の木村紫音として泣くのは、今だけにしよう。今日を境に、もう晴海たちのことは忘れる。今までのように、明日からは梨音の守護者である木村紫音に戻ろう。

紫音は今日までに生まれた全ての想いを流すべく、ただただ泣き続け、全てを封印すると決めた。

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