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8

「紫音ちゃん!?」

それに慌てて晴海も続く。ただ事ではない紫音の様子に、嫌な予感が胸をよぎる。
たのむ。何事もなくあってくれ。

紫音がミラーハウスの裏に駆けつけると、死角になったそこには血を流し倒れ込んだ克也の姿があった。

「――――克也!」
「りお…、梨音を…」

晴海が慌てて駆け寄ると、克也は朦朧とした意識のまま『梨音』と繰り返す。周りを見回すが、梨音の姿がどこにもない。どこへ。だが、紫音はキョロキョロと周りを探るように見回したかと思うと一点めがけて駆け出した。迷いのないそのスピードに、晴海は息をのむ。

「頼む…、晴海…、梨音を…!俺はいいから、あいつを追え…!」

克也の必死の頼みに、こくんと頷くと晴海も紫音の後を追った。

「やだっ、やだっ!離して、離してよお!」
「ははっ、それで抵抗してんの?かーわいーねー」
「怖がらなくていいんだよー。ちょーっと俺たちのアジトに来てもらうだけだからねー」

それは、梨音と克也がミラーハウスから出てすぐのことだった。
無事にイベントをクリアし、景品のぬいぐるみをもらって紫音たちを待とうと表に出て、二人でベンチに腰掛ける。

「よかったな、梨音」
「うん!先輩がいっぱい謎を解いてくれたからだよ!ありがとう!」

ぬいぐるみを抱きしめ、にこにこと笑う梨音の頭を克也が撫でる。

『あ…』

その笑顔を見て、梨音はここ最近克也を見ると感じる今まで感じたことのない胸が締め付けられるような苦しさを感じた。ずっと、ずっと見ていたい。けど、見てると、苦しくて。

「…せ、先輩は、」
「うん?」
「先輩は、しーちゃんのこと、きらい?」

自分にはとことん甘く、優しい克也。それが、紫音にだけは敵意を剥き出しの目で睨みつける。
紫音が梨音を守るようになってから、それは、今までたくさん見てきた。梨音に近づく人間にとって、紫音の存在は邪魔以外の何者でもない。紫音はそれを、いつも笑って『なんてことないよ』と言う。
梨音は、そんな紫音を見る度に胸が痛んだけど、弱い自分にはどうすることもできなくて。
そんな歯がゆい思いをしてきたけれど、克也になら。
お友達になってくれた、克也になら言える。

『しーちゃんを嫌わないで』

皆に言いたかったことだけど、特に、克也には紫音のことを嫌わないで欲しかった。

「しーちゃんはね、ほんとは優しい子なんだよ。いつもいつも、僕のためにいっぱいいっぱい我慢してるの。僕のために、嫌なことを自分が引き受けちゃうの。だから、だから…」

自分と同じく、泣き虫なんだと言ってしまいたかった。でも、それをバラすわけにはいかない。それでも、わかってほしい。梨音は上手く伝えられない自分が情けなくて泣きそうになった。
そんな梨音の頭に克也がぽんと手を乗せる。

「…あー、梨音。あのな、俺は別にあいつが嫌いな訳じゃねえんだ。」

克也の言葉に、梨音が顔を上げる。

「いや、嫌いじゃないってのも言い方が違うか。なんて言うのかな、その…あれだ。…お前が、いつもあいつばかり頼ったりするから、悔しくてだな…」

困ったように笑い、ひどく情けなく眉を下げた克也の顔をじっと見つめて言われた言葉の意味を考える。どういうことだろうか。紫音を頼っているのが克也には気に入らない?だから、紫音を嫌ってる?

「…僕が、悪い…?」
「違う!」

克也は梨音の言葉を即座に遮り、向き合って梨音の肩を両手でつかんだ。

「…梨音。お前が、紫音の事を大事に思ってるのはわかる。あいつもお前を大事に思ってるのもわかる。でもな。俺も、…、俺だって、あいつと同じくらい…いや、それ以上にお前を大事に思ってるんだ。お前を守ってやりたい。ずっと笑わせてやりてえ。…隣に、いてえ。あいつがお前にとって特別なように、俺も、お前の、特別になりたいんだ…!」

初めて見る克也の真剣な眼差しに、梨音は言葉を失った。

…滝内先輩が、僕を大事に思ってくれてる?しーちゃん以上に?
僕の、特別に、なりたい?

「…梨音」

とびきり甘い声で名前を呼ばれ、梨音はぞくぞくと背中に言いようのない痺れが走った。
もっと。もっと、自分の名を呼んでほしい。その目で、見つめていてほしい。それは、学校で克也を見かける度、幾度となく心に浮かんだ不思議な願望。
紫音は確かに自分にとって特別だ。大事な大事な自分の半身。だけど、紫音には抱かないその気持ちに梨音は気付きながらそれがなんなのかわからない。
でも、今。
克也が、何か言ってくれれば、それがなんなのかわかる気がする。

「…せんぱい…」

うるりとした目を向け、克也の次の言葉を待つ。そして、今まさに次の句を告げようとしたその時だった。

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