亀裂
「なあ晴海。お前一体どうしたってんだ」
「は?なにが?」
いつものように二見のバーで集まっていると、ふと克也が真剣な顔をして晴海に問いかけた。
「なにが?じゃねえよ。てめえ、最近様子がおかしいじゃねえか。ご機嫌だったかと思えば急にため息ついたり。なにかあったんじゃねえのか?」
克也の問いかけに、どきりと心臓が跳ねる。内心、晴海はしまったと思った。自分では、いつも通りに振る舞っていたつもりなのに。
確かに、克也の言うとおりここ数日晴海は落ち込んだり浮き上がったりの感情の差が激しかった。
原因は、紫音。
『ゆっくり、でも確実に。』
紫音が好きなことを自覚した晴海は、それをモットーに紫音に接していた。克也と梨音にはばれないように。でも、紫音にだけは気付いてもらえるように。だが、紫音はそんな晴海に対して時折ひどくぎこちなくおかしな態度を取るときがある。自分が甘やかすと、嬉しそうにする反面、困惑した色を表情に浮かべるときがあるのだ。
近づけば、逃げられる。寄ってきたかと思えば、するりと離れられる。紫音の一つ一つの行動に、晴海は一喜一憂する。
…警戒されてんのかなあ…
自分がこんなにもヘタレだなんて思わなかった。紫音のことを思い出して知らずため息をつくと、克也がぽんと肩に手をおいた。
「…何かあったら、言えよ。お前にゃ世話になりっぱなしなんだ。俺にできることなら何でもしてやるから」
梨音とのことを言っているのだろう。お膳立てしたのは自分だけれども、その後梨音の心を開いたのは紛れもない克也自身なのだ。まだ、お友達から一歩先には中々進めていないけれど。それでも、律儀に自分のために礼をしたいと言う克也の気持ちがありがたい。いい友人を持った。晴海は克也のその気持ちがなによりも嬉しかった。
「くくっ、今まで見たことねえ位シケたツラしてんなあ、晴海?」
押し殺したように喉で笑ってジュースを運んできたのは二見だ。そのにやついた顔が、全てを見透かされているようでムカついて晴海はふいと顔を逸らす。
「…二見さんには関係ないっすよ。ほっといてください。」
「関係ない、ねえ?あながちそうでもないかもよ?俺は子猫が好きでなあ。」
「え?二見さん、猫好きだったんですか?」
二見の言葉に二人がバッと顔を向ける。克也は動物の子猫の事を言っているのだろうが、晴海には二見が何のことを言っているのかがよくわかった。そんな晴海に、一際悪そうな笑みを向ける。
「ああ、特に警戒心の強い子ネコが大好きでなあ?懐かない子猫を自分の物にする時の快感と満足感はたまんねえだろうなあ。なあ、晴海?」
「…」
ニヤニヤと実に楽しそうに笑う二見とは対照的に、晴海はひどく怒ったような顔で二見を睨みつけている。
「…あんたにゃ、あげねえっつってんでしょ。」
晴海の返しに二見は至極面白そうに笑顔を見せた。相反して晴海は今まで決して二見には向けたことのないようなひどく攻撃的な表情を向ける。だが、当の二見はそんな晴海の態度を内心とても嬉しく思っていた。
へらへらと誰にでも愛想よく柔和に接する晴海。誰に対しても明るく接しているが、その実本心を晒すことはもちろん、こんな風に感情を露わにすることはなかった。二見は、この晴海の変化を誰よりも喜んでいるのだ。
二見は、晴海こそ猫のようだと思う。
そんな二人の暗黙のやり取りに、克也一人だけ
『え?二見さん猫ほしいんすか?』
なんて聞き返したりしていた。
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