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真っ赤になって固まる克也を見て晴海も梨音のかわいさに頬を緩ませた。
…かっわいいなあ、梨音ちゃん。
ふと、紫音も同じくご挨拶なんてするのだろうか、と考えてちらりと横目で紫音を見ると、紫音も晴海を見ていた。
…あれ?もしかして…
晴海はにこりと笑い、紫音に向き合う。
「…紫音ちゃん、ご挨拶まだだったね。こんにちは。」
「…!」
梨音の真似をして頭を下げると、紫音が驚いたような顔をして晴海を見つめた。
「…こんにちは…」
「…!」
それでも、軽く頭を下げ小さな小さな声で挨拶を返してきた紫音に、晴海はどくりと体中の血が沸き立つような感覚に陥った。いつものように、憮然とした演技をしている紫音。だが、挨拶を交わした後、ほんのわずか。
本当に、ほんのわずかに微笑んだのだ。
…なに、これ。
晴海は、その一瞬の笑顔に先ほどの梨音など晴海の中で霞んでしまった。
どきどきと高鳴る胸の鼓動に、自分自身どうしていいのかわからない。晴海は必死に落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら皆にお昼ご飯を促した。
それから、一週間。基本、お昼ご飯以外を晴海は紫音に強要することはなかった。克也も、以前のように無理やり梨音をどうこうしようとする意志はやはりないようで大人しくお昼御飯だけを共にする。
…少しづつでいい。自分から、警戒心なく普段の学園生活の中でも、寄ってきてくれたなら。
まるで、子猫を手懐けようとしているみたいだ、と二人は思う。
そして、晴海は毎晩こっそりと紫音と子猫の元に訪れるようになっていた。
「こんばんは、紫音ちゃん」
「こんばんは、先輩!」
晴海が声を掛けると、とても嬉しそうに微笑みながら挨拶をしてくれる。
この笑顔は、まぎれもなく自分にのみ向けられたもの。これを知っているのは、自分と梨音以外にいないのだ。
昼と夜の紫音の違いに、晴海は一人静かに満たされている自分がいるのに気が付いた。
紫音は、夜の密会でとてもよくしゃべる。今日一日、何があったか。どんなことをしたか。一生懸命、晴海に聞いてもらおうと話す紫音のことを晴海は知らずいつも笑顔で見つめていた。
「せんぱい、ゆーふぉーきゃっちゃーって知ってる?」
一緒にご飯を食べるようになってから、梨音はだいぶ克也に慣れてきたようで自分から話題を振ることも多くなった。そんなある日、梨音が克也にそう言った。
「ゲーセンのか?そりゃ知ってるがそれがどうした?」
克也も、初めのぎくしゃくした雰囲気がだいぶなくなり少しづつだが梨音と話を交わせるようになっていた。
「うん、あのね。僕のお友達が今日すっごくかわいいうさぎちゃんのキーホルダーを付けてたの。どこで買ったの?って聞いたらね、『ゆーふぉーきゃっちゃー』って言うやつでしか手に入れられないんだって言ってたから、何かなあって思って」
…まじか。ゲーセンも知らないのか。
「ゲーセンって、お外にあるんだよね?ねえしーちゃん、明日お休みだから一緒に…」
「だめだ」
梨音が最後まで言う前に、克也がそれを止めた。その声が存外きつくて、梨音はびくりとすくみ上って泣きそうにうるりと目を潤ませた。
「…俺が連れてってやる」
「え…」
ふいと横を向いたまま、克也がぽつりとつぶやいた。
紫音がいるとはいえ、こんなかわいい梨音が一人でゲーセンに行くだと!?そんなことして万が一のことがあったらどうするつもりだ!
紫音は自分や晴海と均衡する力を持っているのはわかっている。だがもし、大勢に囲まれでもしたら。
―――――――梨音は、俺が守る。
「…せんぱいが、連れてってくれるの?」
「だめだ」
克也を見つめ、どこか嬉しそうに聞き返した梨音の言葉を今度は紫音が否定した。
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[mokuji]
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