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「…かっわいいなあ…」
無意識に晴海の口からでた言葉に、紫音がぱちくりと目を瞬かせた。晴海ははっとして口を押さえる。
俺、今、なんて…!?
「うん、りーちゃんはかわいいんだよ。お顔もかわいいし、性格もかわいいし。すごくすごく優しいんだよ。俺、りーちゃん大好き。りーちゃんは俺の自慢のお兄ちゃんなんだ。」
『大好き』
その一言に、晴海の頭にかっと血が上る。
「あっそ。そうだよね。紫音ちゃんと梨音ちゃんはぜーんぜん違うもんね。やっぱ梨音ちゃんの方がかわいいから人気があるもんね」
無意識に、やけにとげとげしい口調で言ってしまった後に我に返る。
あれ、なんで俺こんな言い方してんの。
紫音が普段あんな風にしているのはそのかわいらしい梨音を守るが為だと言うのに。それを俺は知ってるくせに。
「…うん、そうなんだ。りーちゃんはすごく人気者なんだよ。みんなみんな、りーちゃんのことをすぐに大好きになるんだぁ。」
「紫音ちゃ…」
「先輩も、りーちゃん、かわいいから好き?」
にこりと微笑みながらこてんと首を傾げる紫音の目はどこまでも優しげで。
それが梨音の為の色なんだと思うと晴海はやけに悔しかった。
「…好きだよ。かわいい子、大好きなんだ。」
「あ、先輩、いいもの見せてあげる!すっごくかわいいりーちゃんの写真があるんだよ!」
いそいそとポケットから携帯を取り出し、ぱかりと開ける。ピコピコと操作をし、ほら!と笑顔で晴海に画面を向けた。
そこには、昨日の晩に撮った猫の着ぐるみを着た梨音が写っていた。
「うわ!かっわいい!」
正直、ハンパないかわいさだ。晴海は思わず正直な感想を述べた。
これはヤバいだろ。小悪魔にもほどがある!…克也に見せたら、あいつトイレからしばらく出てこないぞきっと。
「でしょ、でしょ?えっとね、まだまだあるんだよ。昨日一緒にたくさん撮ったんだ。」
…一緒に?
画像を新しく出そうと操作をしだす紫音の手をがしりと掴む。
「ね、紫音ちゃん。俺自分で画像探したいなあ。だめ?」
「いいよ。はい。」
晴海に言われ、素直に携帯を差し出す。受け取った晴海は写し出される画像を一枚一枚流していき、とある一枚でぴたりと指を止めた。
「ね、紫音ちゃん。ここに写ってる画像、何枚かちょうだい?きっと克也、喜ぶと思うんだよね」
「いいよ。滝内先輩も、りーちゃん大好きなんだもんね。」
「ありがと。じゃあもらうね〜」
晴海はいそいそと自分の携帯を出した。
「あ、紫音ちゃん。メールからもらってもいい?赤外線がうまくいかないんだよね」
「うん、いいよ。」
全く疑うことをせず、晴海の言うとおりに素直に頷く。
しばらく操作をし、終わったのかありがとう、と笑顔で携帯を返してきたので受け取る。
「メールついでに俺のやつ、登録しといたからね。」
えっ?と目をぱちくりとさせてから、携帯を開けて電話帳を確認する。
『秋田晴海』
その名前を確認して、紫音は嬉しそうに微笑んだ。
「せんぱい、ありがとぉ。えへへ、嬉しい。」
「…っ!あ、あ〜っ、と、ごめん!俺、もうそろそろ帰るねぇ。また明日ね、紫音ちゃん。」
紫音の笑顔に、晴海は慌てたように立ち上がり挨拶をしてきた。
「うん、せんぱい、またね。おやすみなさい」
にこにこと笑って手を振る紫音を置いて、中庭から歩き出す。
何故か晴海はその姿が見えなくなるまで、何度も何度も振り返っていた。
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