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一方、晴海と紫音のいなくなった屋上で梨音は所在無げに俯いていた。目の前にいる克也は自分を見ようともせずにフェンスに背を預け目線を地面に落としている。
息が詰まりそうな沈黙を破ったのは梨音だった。
「あの、先輩…」
「あ?」
声を掛けるとじろりと睨まれ、ひっと息をのんですくみ上る。克也はその梨音の様子に舌打ちを一つし、ふいと顔を逸らした。
…どうしよう。先輩を怒らせちゃった?
何か自分が克也を怒らせるようなことをしたのだと思い梨音はじわじわとその目に涙を浮かべる。
「…悪い。怖がらせた…」
…え?
ぽつりと聞こえてきた小さな声にそっと顔を上げると、克也はこちらを見はしないものの困ったような顔をして頭をかいていた。
「…その、あれだ。あ〜…、お前、なんでここに来た?…怖く、なかったのか…?」
どこか申し訳なさげな目を向けられ、梨音はきょとんとして克也を見つめた。
「…?だって、先輩、僕に謝ろうと思ってくれたんだよね?ごめんなさいして、お友達になりたいって言ってくれてるって、しーちゃんが…」
「…っ、バッカ野郎!!」
「ひっ!!」
突然克也に怒鳴られて、梨音はびくりと怯えた。
「そんな、簡単に許してんじゃねえよ!じゃあ何か、例えば無理やり犯されてたとしたらお前は『お友達になりたいから許して』って言えばそいつを許すのか!」
克也の怒りに、梨音は訳が分からなかった。どうして?どうして先輩がこんなに怒るの?ごめんなさいってしたらお友達じゃないの?
克也に怒鳴られ、とうとう梨音は泣き出してしまった。ひっくひっくとしゃくりあげる梨音に、克也ははっとして眉を下げる。
「いや、違う…泣かすつもりじゃ、なかったんだ。…俺が怒れる立場じゃねえよな。ほんとに悪ぃ…。」
しゃくりあげる梨音の背中をそっと遠慮がちに撫でる。
「…悪かった。せっかくお前が、俺にチャンスをくれるってのに。…ただ、お前が他の奴に同じことをされてもすぐに許すのかと思うとつい…」
自分の背中を撫でる克也の手の温もりに、梨音は少しづつ涙が止まる。克也の言うことはよくわからないけれど、克也が自分に対して怒っているのではないとわかると恐怖と悲しみの代わりに、温かい何かが胸いっぱいに広がる。
「…あのね、先輩。聞いてもいい?」
「なんだ?」
梨音は目を擦り、克也を見上げる。青色の優しい目が自分を見つめている。
お空みたい。きれいないろ…。
「…あのとき、『待ってた』って言ったよね?いつからいたの?どうして、僕がおトイレに行くことがわかったの?」
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