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3

教室に着くと、二人の元に友人が寄ってきた。この友人たちは皆梨音に邪な気持ちを抱かない、梨音とよく似た雰囲気を持つチワワタイプが多い。

彼らが寄ってくると紫音は自分の席について静かに読書を始める。

席についてきゃあきゃあと友人と楽しそうに談笑する梨音をちらりと見て、紫音はほっとした。
よかった。さっきのことや昨日の事はあまり気にしてないみたいだ。
そして、放課後まで昨日のように不良が二人の前に姿を現すことはなかった。

放課後、梨音が帰る前にトイレに行きたいと言うのでついて行く。中に入ろうとすると、恥ずかしいからここにいてと言われた。真っ赤になってもじもじする梨音を見て、仕方なしに梨音が入るのを確認するとトイレの入り口横の壁にもたれて梨音を待つことにした。



この学校は設備が整っているため、トイレも普通の学校より広い。20畳くらいはあるだろうか。入り口から入ると洗面台がずらりと並び、目隠しの為か柱がトイレの中三分の一ほどの場所にいくつも並んで建てられており、その柱向こうに小便器、個室がずらりと並ぶのが柱の合間合間に見える。
柱の壁から一歩個室側に足を踏み入れた時、梨音はそこにいる人物を見てぎくりとした。


「…待ってたぜ、木村梨音」


昨日、自分を呼び出した滝内克也。その人物が、そこにいた。

ゆらり、とこちらに近づく克也に、梨音はがたがたと体を震わせる。二歩ほど梨音に近づいたとき、ようやく梨音は体を動かすことができた。くるりと向きを変え、走り出す。だが、あっという間に克也に腕を掴まれてぐん、と引っ張られ抱きこまれてしまった。

「やだっ、しーちゃ…!んん…!」

外にいる紫音の名を叫び、助けを求めようとしたその時。克也は噛みつくように梨音の口を口づけで塞いだ。



…遅いな

「弟く〜ん」

なかなか戻らない梨音に不安を感じた紫音が壁から離れ、トイレの入り口に手を掛けようとした時、後ろから聞き覚えのある声で名を呼ばれた。

振り返ると、そこにはへらへらとした笑いを浮かべこちらに近づく晴海がいた。

「な〜にしてんの?俺と遊ばない〜?」

晴海を無視して入り口の扉に手を掛けると、晴海は紫音のその手を掴み乱暴に引きはがした。

「…っ」

ぎりぎりとそのまま力を込められ、思わず痛みに顔が歪みそうになる。

「あは、痛い?今ちょーっとだけ痛そうな顔したねえ。君、感情あったんだあ。」

どういう意味だろう。痛いのがわかってるなら離してくれればいいのに。そんな紫音の思いに反して、晴海は腕を離そうとはしない。

「遊ばない。離せ」

梨音が、出てこないのだ。今はそれどころではない。早く、早く中に入って確認しなければ。

「ん〜、ごめんだけどもうちょっとだけ無理かなあ?今、俺、弟君と遊びたい気分なんだよねぇ」

へらへらと笑う晴海の言葉に、紫音が顔色を変えた。まさか…!

「離せ!」
「っうわ!」

紫音が思い切り腕をふると、晴海はその力に負けて振り飛ばされてしまった。よろけて倒れそうになった体を何とか体勢を立て直し、紫音の方を振り返る。
この俺が、油断していたとはいえ振り飛ばされるなんて…!
晴海は信じられない、と目を大きく開眼させて紫音を見た。だが、紫音は晴海を見ることなく勢いよくトイレの扉を開けて中に踏み込む。

「梨音!」

中に踏み込むと、克也に抱きしめられている梨音を見つけた。その光景に、紫音の目の前が真っ赤に染まる。

「貴様!」

克也が気付くよりも早く、二人に駆け寄った紫音が思い切り克也を殴り飛ばした。咄嗟の事でよけることのできなかった克也は、殴られた勢いで個室の扉に思い切りぶつかる。

「てめえ…!」
「克也、大丈夫か!」

少し遅れて、晴海が中に踏み込んだ。だが、トイレの中の光景を見てぴたりと動きを止めた。


紫音は、梨音を思い切り抱きしめていた。

晴海は思わず呆然と眺めてしまった。その一瞬の隙をついて、紫音は梨音の手を引き素早くトイレから脱出、そのまま駆け出して行ってしまった。


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