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こわい?こわくない?

晴海は、苛々していた。目の前のグラスを思い切り煽りカウンターに乱暴に置く。

「なんだ、ずいぶん荒れてんじゃねえか。仏の副総長が珍しいな?」

カウンターの中でグラスを拭きながらにやりと人を小ばかにするような笑みを浮かべるのはこの店のオーナーだ。
ここは町にある一軒のショットバー。とはいえ、なかなかの広さで、二階にはいくつかの個室もある。ここは晴海の所属するチームの溜り場になっていた。

『仏の副総長』

それがこのチームでの晴海の字名だ。晴海はいつもへらへらと人当たりのいい笑みを浮かべており、めったに自分から喧嘩を売ることがない。売られた喧嘩は買いますよ、というスタンスだ。
とはいえ、一度その逆鱗に触れると容赦がない。まるで阿修羅のごとく、相手を再起不能になるまで痛めつけるのだ。

「あっちはあっちで超機嫌悪いしなあ。鬼神の総長がますます鬼みたいな顔になってんじゃねえか」

マスターの目線の先には眉間にしわを寄せ、今にも人を殺そうかという恐ろしい形相の克也がいた。

いわずもがな、克也はこのチームの総長だ。

『鬼神』

それが、克也の字名。晴海とは正反対に、無口で滅多に表情を崩すことがない。だが、そのクールな印象とは裏腹に喧嘩っ早くでたらめに強い。晴海と同じく喧嘩を自分から売ることはないものの、少しでも絡もうものなら瞬殺だ。その情け容赦のない振る舞いは、まさに鬼神。


二人は、幼いころからの親友だ。別にチームを持とうと思っていたわけではないが、二人でつるんで遊んでいると必ずと言ってもいいほど絡まれた。それをなんなく撃退しているうちに、『最強コンビ』として名が広まる。

そんな二人に、チームに入らないかと声を掛けてきたのがこの店のマスターであり、二人のチーム『red』の前総長、二見幸則(ふたみ ゆきのり)だ。



二見が二人に声を掛けたのは、二人を心配しての事。二人の噂は町の不良たちで知らない者はいなかった。いくら負けなしとはいえ、このままではいつか潰されるかもしれない。卑怯な手を使うやつはいくらでもいる。その前に、後ろ盾をしっかりしてやればある程度の危険は回避できるだろう。
二見はとてもよくできた人間で、二人はいくどか話すうちにすっかり二見の人柄に懐き、この人のチームなら、と所属する。総長の座を克也に譲り、引退した今でも二見は二人の相談役でありいい兄貴分だ。


「学校でさ〜、ちょーっとやな奴に会っちゃったんだよね〜。」


くるくるとストローを回しながら晴海が頬杖をつく。
晴海は、紫音のことを思い出していた。


自分の威嚇に対して少しの動揺もしなかった人間は初めてだ。二人の噂は知っていたが、間近で見たのは初めてだった。
あの、紫音の冷めきった目を思い出すと胸のあたりがざわざわとする。晴海の本能が何かを訴えるのだ。
同時に、梨音の事を思いだしてちょっと気分が上昇する。噂通り超かわいい子だったなあ。克也が欲しがるの、わかるかも。

「克也、明日っからどうすんの?」

くるりと椅子を回し、奥のソファで不機嫌に座る克也に問いかける。

「…決まってんだろうが。無理やりにでも手に入れる」

とはいえ、今日の様子では紫音のガードがきつくなるのは間違いないだろう。

「隙を見つけて接触していくしかないね〜。んじゃ俺があのお邪魔虫な弟君を引き付ける役やってやるよ。」

弟君には借りがあるしね。

「…お前ら、素人さんに無茶するなよ。」

晴海のへらりとした笑顔に苦笑いをして二見が空のグラスにジュースを注いだ。



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