「お前以上の親友なんていないよ」


誰もいない部室。もうみんな帰ってしまった。結局やすから何も声をかけられなかったなあと苦笑い。まさかの長期決戦?になっちゃうのか?やだなあそれ。

(…俺からも避けてたし仕方ないか)

だって怖いんだもん。ふくはああ言っていたけどやすが素直に話すだなんて想像できない。普段でさえそうなのにあんなに怒ってる今そんなことを望む方がどうかしてる。むしろ素直に話されたら話されたで怖いわ。

ああだこうだ考えているうちに部誌も書き終わってしまった。俺もそろそろ帰らなくては。帰る支度は事前にしていたので、あとは電気を消して戸締まりをするだけだ。鍵は…あれ、鍵どこに置いてたっけ。あれ?あれ!?

「な、ない…!?」
「なに探してんのォ?」
「なにって鍵だよ鍵!戸締まりできな、い、」
「鍵なら俺が持ってっけどォ、これじゃねーの?」

驚いて振り返ると、扉に背を預けてこちらを見ているやすがそこにいた。手には俺の探していた鍵。あれ、なんで、帰ったんじゃ、ていうか鍵…ツッコミ所満載なんだがどこからつっこんでやろうか。

「……やす…」
「終わったんだろ?さっさと帰ろーぜェ、俺腹減った」
「あ、ああ、悪い」

うっ、別に俺が謝るところではなかったのについ謝ってしまった。慌てて鞄を持ち電気を消す。やすの元まで駆け寄ると、俺の代わりに戸締まりをしてくれた。

…待てよ、普通に話せてるぞ俺たち。どうなってるんだ、あの日中の気まずい空気はどこへいった。もしかして俺が一人でビクビクしてただけで、やすはそんなに怒ってなかったとか?なんだそれ間抜けすぎるじゃないか俺。

「っし…行くかァ」
「おう」

やっぱり何事もなかったかのようにしている。普通だ。普通に話して普通に歩くやすの隣を歩く。ちらりと横顔を盗み見…たつもりがバレた。ばっちり目が合ってしまったどうしよう。

「あっ、そ、その、やす」
「……悪かったヨ、昨日は」
「え」
「だからァ、悪かったって。急にあんなキレたりして」

バツが悪そうにそう言うと、フイッと視線をそらされた。やすが、謝った。素直に。なんだこれ。なんだこの状況。まさかふくがわざわざ言ってくれたとか?…いや、そんな野暮なことする奴じゃないだろう。しんも同様に。

「いや、俺は別に…まあ気にしてないと言えば嘘になるけど…」
「そりゃ気にするだろォ、あんな態度とられたら俺なら逆ギレするし」
「あー、お前ならそうだろうな…まあでも、なにか理由があったんだろう?」
「………」
「いくらお前でも、理由なく怒ったりなんかしない。そんな奴じゃないって知ってる」

だから、話してくれないか。穏やかに穏やかに、と意識しながらそう言う。足は止まらない。目も、まだ合わない。やすの口は閉じっぱなしだ。

やはり、謝ることはできても理由までは話してくれないのだろうか。しかし不器用なやすのことだ、謝るだけでも精一杯なんだろう。もう謝罪は聞けたし、これ以上追求することもないか。

「…俺が、勝手だったんだヨ」
「!」
「おめーは…なまえはなんにも悪くねえ」
「…やす…?」
「なあ、これからもちゃんと俺と一緒にいてくれる?」

話がまったく見えない。昨日と一緒だ。謝りたい、申し訳ないって言う気持ちはもうわかった。でも違う。それだけじゃない。というより、本題はもっと他にあるような気がする。けどやっぱりそれが何なのかわからない。一番大事なところに靄がかかっていてわからないんだ。

なにより、これだけ言葉を発しているのにやすは一度も俺の方を見ていない。

「……いるよ俺は。これからもちゃんとやすのそばにいる」
「!」
「だって俺たち、今までずっと一緒だったじゃないか。こんなちょっとしたいざこざで、崩れる仲じゃないだろ」
「…なまえ…俺、」
「お前以上の親友なんていないよ。俺の方こそこれからもよろしく」

ふと、しんの言葉を思い出した。やすは寂しいんじゃないかって。もしそうなら、そんなものは杞憂だということを教えてやらないと。寂しがる必要なんてあるものか。俺たちはこれからもずっと一緒だ。

目を見開くやす。やはりしんの言葉は正しかったのかもしれない。心配するな。そう言って笑ってやった。なのに、

「…ん、アリガトネ」

なあ、ありがとうって、そう言うくせに。なんでお前、そんなに泣きそうな顔するんだよ。










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